『銀河英雄伝説外伝2 ユリアンのイゼルローン日記』

 銀英伝は、神の視点と後世の歴史家の視点という二つの視点からの三人称描写による架空歴史小説ですが、本書はその中にあって極めて例外的な存在です。なぜなら、副題のとおりユリアンの日記形式でつづられているからです。そこには神の視点や後世の歴史家の視点の入り込む余地は一切ありません。
 「望遠鏡で時間と空間の彼方を見つめている」(本書p55より)ヤン・ウェンリーの側に仕えるユリアンの筆によって語られる個人的記録ですが、本書ではアムリッツア戦役の終息からクーデター発生までが、ユリアンの目線と言葉で語られています。
 作中でも優等生で通っているユリアンの日記は14才とは思えない程に大人びていて、あまりにも良い子過ぎるので少しイラッとすることもありますし文才あり過ぎだろとも思いますが(笑)、この日記が後にどのようなものに変化していくのかを考えると感慨深いものがありますね。

「それはそうさ。その時代その場所にいあわせた者より、何十年も何百年ものちに歴史を研究した者のほうが、冷静に、客観的に、正確に、多面的に、事件の本質を把握できるものだ」
(本書p87より)

 これはユリアンを通して語られるヤンの言葉です。昨今の歴史認識問題などに触れますと必ずしもそうとはいえないようにも思うのですが(苦笑)、完結した物語である銀英伝にとって、その歴史を研究する者といえば他ならぬ私たち読者があるのみです。

「真実ってやつは、誕生日とおなじだよ。個人にひとつずつあるんだ。真実と一致しないからといって、嘘だとは言いきれないね」
(本書p36より)

 これもやはりヤンの言葉ですが*1、この言に倣えば、ユリアンの日記というのもまた真実のひとつということになるのでしょう。このように、日記という大胆な形式を採用することによって歴史の多面性というものが表現されています。架空歴史小説に厚みを加える一冊としてオススメです。
 ちなみに、本書の解説はSF作家の円城塔です。どんな解説をするかと思っていたら、成る程、こうきましたか。凝ったことをするな、と思いながらも考えてみれば、私自身がこうしてブログにて日記というか読書録みたいなことを語っているのも似たようなものですね。何だか不思議な感じがしますね(笑)。
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プチ書評 銀英伝とライトノベル

*1:ちなみに、この会話のキッカケとなる食事を作ったお店の名前が『電気羊亭』(いうまでもなくP・K・ディックの某作が元ネタ)というのも洒落てますね。また、この台詞に関連したブルース・アッシュビーのエピソードは外伝4巻にて詳細に語られています。