『MA棋してる! 1』(三浦良/富士見ファンタジア文庫)

MA棋してる!(1) (富士見ファンタジア文庫)

MA棋してる!(1) (富士見ファンタジア文庫)

 「変なタイトル*1。将棋魔法? なんじゃそりゃ?」と、ゲテモノ買いの危険を顧みることなく好奇心と冒険心の赴くまま手にとってみました(笑)。
 シリーズ1巻目ということもあって、ストーリー的にはたいしたことありません。10歳の女の子のもとに、ある日突然、異世界からインコ(元の世界では人間ですが)が落ちてきて、そのインコから魔法を教わってライバルとなりそうな女の子と戦う。魔法少女もののテンプレなんてよく分かりませんが、おそらくは無難な立ち上がりなのではないでしょうか。
 特筆すべきなのは、やはり将棋魔法という奇妙な魔法でしょう(笑)。とはいっても、実際に読んでみるとそれ程おかしなものでもなかった。という印象は、しかしながらおそらくはラノベにも将棋にもそれなりに通じている私のような人間が読んだからこそ。という可能性が捨て切れません。なので、その辺りは自己責任でお願いします(笑)。
 ですが、将棋の駒に見立てた力場のような魔法の球が出現して、それでもって将棋ならではの防御陣や攻撃形を作っての魔法戦闘は、それなりに読み応えがありました。魔法戦にルールという秩序が生まれていますし、攻防のバランスといった用兵も大事になってきます。読み合い・駆け引きといった頭脳戦めいた戦いになりますので、いわゆる”小説向き”の魔法戦闘が描かれているのではないかと思います。
 将棋のことばかり強調してきましたが、本作の魔法は、使い手が独自の手続きで独自の魔法、つまりはオリジナル魔法を使うことができます。なので、将棋魔法みたいなマニアックな魔法を使う相手はいません(笑)。実際、本巻で主人公が戦うことになる少女はプログラミング言語を元にした魔法を使って普通に攻撃してきますが、こっちの方がよっぽどメジャーでしょう(笑)*2
 とりあえずシリーズものらしいのでおそらく続きが出るものと思われます。今後は、桂馬にまたがり香車の槍を手にとって戦うような魔法少女ものらしい展開になるのでしょうか? それとも、チェス魔法や囲碁魔法といった魔法使いを相手とした異種マインドスポーツ戦みたいな展開になるのでしょうか? 個人的には後者の展開を希望しますが(笑)、とりあえず今後も追っかけてみたいと思います。
 以下は将棋ヲタ的観点からのツッコミ&補足説明。興味のある方のみどうぞ。
 本書では将棋を”打つ”という表現がそこかしこに散見されます。しかし、将棋ヲタ的には違和感ありまくりで気持ちが悪いです。将棋は”指す”ものであって”打つ”ものではありません。持ち駒を盤上に使うときは”打つ”という言葉を使いますが、それ以外はすべて”指す”です。作者は将棋についてそれなりに調べているみたいですが、この言葉使いだけで将棋ヲタにはよく思われないであろうことは容易に想像がつきます*3。次からはぜひ注意してください(笑)。

「まずは様子見。初手3八銀」
(p133)

 将棋ヲタなら爆笑するところですが、まずは落ち着いてください。普通なら初手3八銀などあり得ませんが、将棋魔法となれば話は別です。普通の将棋では駒が攻撃を受けたら相手に取られてしまいますが、将棋魔法では、他の自駒から連絡がある場合にはその駒は取られない(=失われない)というルールが付加されています。つまり、たとえ歩といえども離れ駒をなくすことが大事なのです。ただ、それならそれで3八銀は疑問手といわざるを得ません。なぜなら、3八銀は4七の歩を守る役割しか果たしていないからです。同じ銀を上がるなら3八ではなく4八にすべきでしょう。実際、3戦目では初手に4八金を指しています。しかし、これも最善ではありません。金を上がるなら玉の前方にある3つの歩を守るために5八に上がるべきでしょう。つまり、初手5八金右*4が最善手ではないかと思います。

 戦法や囲い、詰め将棋の問題など、本などの説明は先手側からなされることが多い。そして、実戦では実力が下の者が先手を取る。
(p183)

 前文については異論はありません。しかし、後文は疑問です。先手後手は普通は振り駒によって、つまりは運任せで決められます。力に差があるもの同士が対局する場合には、駒落ちといって強い方が駒を落とすというハンデ戦が行なわれますが、その場合に先に指すのは上手、つまりは実力が上の方です。もっとも、プロ将棋の年度ごとの通算勝率は先手約52%くらいで推移していますので、将棋はわずかながら先手の方が有利なゲームなのではないかと言われることもあります。なので、弱い方が先手をとる、という考え方もないではないですが*5、厳密にはローカルルールであって一般的ではないと思います。

 奏はすぐに、成った馬を引いた。角は一旦成ったら、引いて使う方が生きる。将棋の常道だ。
 すると、奏の結界の輝きが少し増した。馬による守りが加わって、結界が強化されたのだ。攻めしか考えていなかった奏にとって、嬉しい誤算だった。
(p242)

 「馬は自陣に引け」「馬の守りは金銀三枚」といった格言どおりの展開です。将棋という題材が魔法戦にうまく活かされています。
●初期配置

 将棋の初期配置です。9×9=81枡の盤上に、先手後手それぞれ20枚の駒が配置されています。本書では、将棋魔法を使う主人公の少女・奏(かな)のみが駒を操るので、後手(図面上部)に配置されている駒は無視してよいでしょう。作中では19枚の駒を操っていますが、それは奏自身が玉の役割を兼ねているからです。将棋は玉を取られたら(=詰まされたら)負けというゲームなので、自分の守り=玉の守りがとても大切です。
ゴキゲン中飛車(p102)

 中飛車戦法の一種。基本的に後手番用の戦法ではありますが*6、先手番でも工夫すれば使えないこともないです。普通の中飛車は角道を止めて角交換を拒否しますが、ゴキゲン中飛車は角道を開けたまま駒組みを進めます。そうした乱戦希望・角交換歓迎というコンセプトが居飛車穴熊対策として極めて有効と判断された結果、メジャー戦法としての地位を確固たるものにしました。今では中飛車といえばゴキゲン中飛車のことを指すといっても過言ではありません。
●ミレニアム(p102)

 形状からトーチカ、カマボコなどと呼ばれることもありますが、西暦2000年に指されるようになったのでミレニアムと呼ばれています。対居飛車穴熊として猛威を振るった藤井システム対策として穴熊に代わる堅陣を模索した結果として生まれた囲いです。
穴熊囲い(p141)

 玉を戦場から最も遠い隅に配置し、その周囲を金銀桂香で囲った堅陣です。昔は嫌われていましたが、現代将棋においてはこの囲いに組めれば作戦勝ちとすらいわれています。
●金開き中住まい玉(p239)

 金と銀、さらには玉自身までも参加して自陣のライン全面を守る構えです。将棋では、先手後手共に大駒(飛車と角)の活用を最優先する戦いを選んだ場合*7に、とりあえず自陣の隙をなくし、かつ、防衛ラインを守ろうとすると、こうした構えになります。他の囲いと比べますと囲いという言葉を使うことすら躊躇われる程に頼りない構えではありますが、急戦に対応するためには致し方ありません。作中では変形中住まい玉となっていますが、それは初手が4八金だったために、図と比べて3八の銀と4八の金の位置が入れ替わっているためです。
●雀刺し(p243)

 1筋に注目してください。香車を上げて、その下に飛車を配置することで強力なタテ攻撃を実現させています。この香車と飛車による攻撃陣を雀刺しといいます。攻撃力はありますが、攻撃陣が偏っているので、いなされたり空振りに終わるとむなしいです。相手の陣形と機会をよく見て決行することが大事です。

*1:マギステル(ラテン語で”達人”の意)のもじりですね。

*2:先行作品として桜坂洋よくわかる現代魔法』もあることですしね。

*3:某大型掲示板の将棋板で”将棋を打つ”なんて使ったら低級扱いされること間違い無しです。

*4:右にいる金を5八に動かす、という意味。左金が上がってしまうと角頭を守る手段としての7八金の含みがなくなってしまうので気が進みません。

*5:ハチワンダイバー』2巻第7話など。

*6:ゆえに盤面を先後反転させています。

*7:例えば横歩取りの将棋などです。