『ハートブレイク・レストラン』(松尾由美/光文社文庫)

ハートブレイク・レストラン (光文社文庫)

ハートブレイク・レストラン (光文社文庫)

 ミステリというのは、基本的には人が死ぬ話ばかりなので、どうしても陰惨な話になりがちです。そんなジャンルの本を好きだなどと言ってしまうと状況によっては人格を疑われる危険性も多々あるのですが(笑)、にもかかわらず、とかくミステリ読みというのは好きあらば他の人にミステリを紹介したがりますし、同じ趣味の人を見つけたらミステリの話題でコミュニケーションを図ろうとします。ミステリ読みをそうした行動に走らせる理由として、謎解き物語であるミステリにお約束の抱えている”謎”というものに、人を引き付ける力が、ひいては人と人とを結び付ける力があるからではないかと思います。
 本書は、雰囲気は悪くないんだけど、どこか寂しげなファミレスを舞台とした連作短編ミステリです。レストランの常連客であるフリーライター寺坂真以が持ち込んでくる謎を、その店の「常連」であるハルお婆ちゃんが解き明かす、というのがストーリーの基本パターンです。人から聞いた話の謎解きという意味では安楽椅子探偵ものでもありますし(ただし例外あり)、殺人事件を扱わないという意味では”日常の謎”の系譜に連なる作品だともいえるでしょう。なので、本書は安心していろんな人にオススメすることができます。
 解説でも述べられているとおり、本書はオルツィの『隅の老人の事件簿』のパロディであり、またクリスティのミス・マープルなどがオマージュとして意識されていることは確かです。それにくわえて「お婆ちゃんの知恵袋」的な人柄が付与されているところが魅力的で面白いところです。さらに、このハルお婆ちゃんには秘密があります。といっても第一話を読めばそれはすぐに明らかになるのですが、その秘密を知った後ですと、本書はむしろクリスティの作品だと『クィン氏の事件簿(『謎のクィン氏』)』に近いのかなぁ、とか思ったりしました。

ケーキと指輪の問題

 誕生日ケーキの中になくしたはずの結婚指輪が? いったい誰が何のために? どうやって? 一種のアリバイものですが、盲点の目の付け所が面白い佳品です。

走る目覚まし時計の問題

 入れ替えられていた目覚まし時計。起きるはずのないことが起きた事件です(ダブルミーニング)。日本推理作家協会賞短編部門にもノミネートされた作品でして、巧みな伏線がロジックによって解き明かされていく展開は見事なものです。

不作法なストラップの問題

 難しきは人の心なり。無粋な蛇足ですが、平成16年の法改正で殺人罪の時効は15年から25年に延長されていますのであしからず。

靴紐と十五キロの問題

 「十五キロというのは嘘でしょう? いくら何でも」という言葉についての謎解きはケメルマンの『九マイルは遠すぎる』のパロディなわけですが、何気に酷いですよね(笑)。ちなみに、作中では触れられてませんけど、靴紐をそのようにさせた理由には、一種の「プロバビリティの犯罪」的な意図があったんじゃないかなぁ、と思ったり思わなかったりです。

ベレー帽と花瓶の問題

 殺人事件ならぬ強盗事件が問題となっているわけですが、被害者でも容疑者でもない第三者がアリバイを主張しているというのが面白いです。そこから浮かび上がってくる意外な真相には参りました。白眉の出来だと思います。

ロボットと俳句の問題

 タイトルから人工知能がテーマとなってるSF的な作品を期待してしまったので、そういう意味ではガッカリでしたが(笑)、連作の最後をしめる作品としては良いお話でした。