三人の真剣師との戦いと将棋の勝負どころ

 先週はテレビドラマ『ハチワンダイバー』が一回お休みだったので、今週はハチワンの感想はありません。ですが、せっかくのお休みなので、三人の真剣師との戦いが将棋のどのような部分を描こうとしていたのかを簡単に説明してみたいと思います。
 二人目の真剣師である文字山は将棋を漫画のストーリー・起承転結に例えていましたが、将棋にも流れを一局の流れを説明する用語があります。それが序盤・中盤・終盤です。

序盤

 序盤とは、作戦の選択と陣形の整備です。すなわち、どのように玉を固めて攻撃陣を整備するのか。こうした陣形整備のことを駒組みと呼びますが、本格的に駒がぶつかる前の準備段階のことを序盤といいます。序盤の駒組みが不十分なまま中盤戦に突入すれば不利な戦いを強いられるのが必定です。それところが展開によっては一気に勝負どころを迎える場合があります。他でもない、菅田が敗北を喫した斬野シトとの一局がその例です。新早石田流の7手目▲7四歩。

 この手であの一局は事実上終わってしまいました。もっとも、厳密な意味で終わっているのかといえば決してそんなことはありません。ありませんが、序盤から潜んでいる将棋の緊張感を表現するために『ハチワン』ではあえてそうしたオーバーともとれる表現が採られているとすれば納得できるのではないでしょうか。

中盤

 序盤の駒組みが終われば次は中盤に移ります。中盤戦では序盤戦で組み立てた陣形を基にいよいよ駒と駒がぶつかります。もっとも、ただ闇雲に駒をぶつけても意味はありません。具体的な意味、実利を求めて駒をぶつけなくてはいけません。それは、駒得だったり相手の玉形を乱すためだったりしますが、他方はそれに備えてしっかりとした受けを用意する必要があります。そうした戦いが描かれているのが対二こ神戦です。二こ神は”雁木”を得意としていますが、その将棋でもっとも印象的なのは、雁木からの入玉を狙うというあまりに個性的な狙いを持った指し方です。菅田はそれに対抗するために、穴熊と見せかけての端角からの中央突破で二こ神陣の攻略を図りました。

 序盤の駒組みは確かに大事ですが、展開によっては臨機応変に対応しなければなりません。これもまた将棋の醍醐味です。この将棋は菅田の中盤での会心の指し回しが光りましたが、△9五銀と打たれた時点で二こ神は投了してしまいます。しかし、確かに菅田有利の局面かもしれませんが、そこから実際に勝つまではまだまだ大変だと思います。にもかかわらずそこで投了としたのは、終盤を描かないことで中盤戦の醍醐味を強調したかったからだと考えれば、これもまた納得できるのではないでしょうか。

終盤

 中盤での互いの攻めの手と受けの手の応酬の末に玉が見えてきたらいよいよ終盤戦です。ここでの狙いはシンプルです。すなわち、どちらが早く相手の玉を詰ませられるか。その一点のみです。狙いは単純ですが、それだけに一手のミスも見落としも許されない一番緊張する局面です。こうした終盤の手に汗握る接戦が丹念に再現されたのが文字山との将棋です。

 穴熊対美濃。固さ対広さ。自玉の安全度と相手玉の安全度。取れるのか取れないのか。取っても間に合うのかといった速度計算。詰むや詰まざるや。終盤の勝負どころがギリギリまで表現されていたのが文字山戦です。
 こうして振り返りますと、三人の真剣師との戦いは将棋というものの一連の流れを読者に説明しようとしていたものであることがお分かりいただけるのではないでしょうか。ただ変なキャラクタの棋士を用意しただけではないのですよ(笑)。
 ということですので、ドラマを見ることで序盤・中盤・終盤といった将棋の勝負どころは何となくお分かりいただけたと思います。三人の真剣師の将棋はドラマも漫画も同じですので、興味のある方は原作漫画(2巻と3巻に収録)の方もぜひお読みくださいませませ(ペコリ)。



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