ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 6巻』将棋講座

ハチワンダイバー 6 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 6 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 6』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と)
 今回は前巻で始まった三面指しの続きということになります。まずはハチワンの将棋からです。
●第1図(5巻p212より)

 菅田が積極的に仕掛けたところですが、これに対して澄野は△7二玉とします。中央で戦いが起きているので、そこから玉を一路避難させるのはかなり大きな手です。対する菅田は、初志貫徹の勢いで端歩を取り込んで角取りとします(p8)。角取りだからといって、ここで△2二角など角を逃げているようでは単に端を破られただけで何をしているのか分かりません。こうなったら殴り合うしかありません。p8からの推測手順は、△5七角成▲同銀△同歩成▲同金△5六歩▲5八金引△5七銀▲7八玉△5八銀成▲同金△5七歩成▲同金△5七飛成に▲5八銀(第2図。p10より)です。
第2図

 菅田はこの銀打ちで凌いだと見ました。確かにこれでおとなしく龍を引いてくれれば次に▲5七歩とすることで自陣を安全にすることができます。それはまずいので澄野はさらに△2七金と踏み込みます。ただで取れる飛頭の金打ちですが、だからといって▲同飛と取ってしまうと△5八龍と王手で入り込まれてしまいます。ですので、本譜▲5七銀△2八金の飛車の取り合いはこうなるところです。
 受け切ったと判断した菅田は▲5四歩と攻めに転じます。狙いは本譜でも実現したように▲5三歩成のと金作りです。この手自体は後手が歩切れ(持ち駒に歩がないこと)なこともあり応手が難しくはありますが、しかしながら実際の形勢はどうなのでしょう。菅田は金二枚と引き換えに角と歩二枚を手にしました。この交換はほとんど互角だと思います。角は確かに大きな戦力ではありますが、金二枚をはがされた菅田の玉の守備力は大幅に低下しています。8八の角も壁になっていて働きが弱いのもマイナス材料です。対して澄野玉は意外と耐久性があります。本来、桂馬や香車といった駒は飛車や角といった大駒で入手するのが基本ですが、先手玉がこれだけ弱体化している現状であれば金一枚使って桂香を拾うのも十分ありでしょう。菅田は▲5三歩成〜▲5四角と攻めの手を続けますが、ここは後に現れる後手の妙手に気付いてなかったとはいえもう少し慎重になりたかったところです。
 桂香入手後に、澄野は△2八飛と打ち降ろします(p15。第3図)。
●第3図

 王手なので▲6八銀引と受けますが、すかさず△5六桂と手に入れたばかりの駒を使ってきます。菅田はここでも▲6三と金△8二玉に▲4三角成と攻め合います。次に▲6一馬を見た手ですが、ここは▲6三角成△8二玉▲4五馬など受けの手を考えられるところです。▲4三角成以下、△6八桂成▲同銀△5七金▲7七角に△6六銀!(p20。第4図)
●第4図

 歩頭の銀打ちですが、これが好手で万事休すです。放置すれば△6七銀成ですし▲同角は△6八飛成までなので本譜と同じく歩でとるしかないのですが、空いたスペースに△6七香(p28。第5図)。
●第5図(投了図)

 ここで菅田は投了しましたが、菅田が言うように受けがありません。受けるとしたら▲6九銀(飛)ぐらいですが、△6八香成▲同銀(飛)の後の△6七銀の詰みもしくは詰めろがほどけません。ただ、▲9五角という逃げ道を作りながら後手玉に迫る手がありまして、これだとちょっと難しくなります。しかしながら、それでも後手玉に詰みはなく先手玉が逃げ切ることもできません。投了もやむなしでしょう。←すいません。読み抜けがありました。検討してみましたら相当難解です。難解すぎてどっちが勝ちなのか私には判断がつきかねるのですが、コメント欄のご指摘では先手勝ちの見解もある模様です。いずれにしても菅田は▲9五角と指すべきでここでの投了は早すぎました。しかし菅田はここで投了。総手数わずかに52手です。
 次は斬野の将棋です。原始中飛車に対して、斬野は三間飛車からの相振り飛車戦を挑みました。
●第6図(5巻p208〜209より)

 ここからどう進んだのかはまったく分かりませんが(笑)、第7図(p36より)です。
●第7図

 龍に当てながら相手玉の頭を狙った角打ちです。同龍としても同馬が再び相手玉をにらむことになります。確かに、「勝ちにきた」手かもしれません。もっとも、「中段玉は寄せにくし」という格言もあるとおり、ここでは少し後手が残しているような感触です。そして第8図(p39より)。
●第8図(投了図)

 この金打ちは△6三飛までの詰めろですが適当な受けがありません。▲5四金としても△5六龍が詰めろ(△6五飛)銀取りですし、▲5三金としても△6五飛▲同玉に△5三金とされて困ります。そもそもここでは後手玉が鉄壁ですし投了もやむなしです。
 最後はそよ対澄野の将棋です。
●第9図(第5巻p)

 ここから互いに美濃に囲って(そよはダイヤモンド美濃、澄野は銀冠)第10図です(p45より)。
●第10図

 ここからそよは▲5九角と引きました。自玉のコビンを空けて相手の攻めを誘う手です。澄野は望む所とばかりに仕掛けます。△6五歩▲同歩と相手玉への角のラインをとおします。ここで単に△5六歩は澄野が説明しているように角が戻れば受かりそうです。そこで△6六歩と手裏剣を飛ばします。金が動くと5七の地点の守りが手薄になるので△5六歩突きからの中央突破が厳しくなるという読みです。とはいえ、金をとられるわけにもいきませんし、そよは読み筋とばかりに平然と同金(p58。第11図)。
●第11図

 ここで澄野は当然△5六歩と突き出します。対してそよは▲4四飛として根元の角を切り取ることで対処します。ここは平凡に△同歩▲5六歩なら長い戦いの続く難しい局面です。しかし、澄野は踏み込みます。△5七歩成!(p68。第12図)
●第12図

 取れる飛車を取らずに歩成りです。確かにこのままと金で銀と金をパクパク食べながら相手玉まで迫れれば言うことはありません。しかしそよも▲4三飛成と攻め合いでこれに応じます。菅田はこの手に驚いてますが、飛車を助けながら敵陣に成り込み、なおかつ次に▲4一龍と金を取りながら手順に相手玉に迫れるのですから、勢いからしてもここはもうこの一手でしょう。そこで△4二歩などと受けては▲5二龍△同飛と飛車交換の後に▲5七銀とされると後手は角損だけが残って面白くないので、澄野としては行くより他なく△5八と金。続く▲4一龍はやはり絶好(p84。第13図)。
●13図

 ここで金を取るのは澄野が親切に説明してくれてるとおり(笑)、▲2六角と出てのにらみが次の▲7九角打ちの詰めろで受けにくいです。なので澄野は△5九と金と角を取りました。そこで▲9三角といきなりの放り込み! △同香は▲8一金△9二玉▲8二龍までの詰みなので△同玉の一手。続く▲9一龍には△9二銀(△9二銀打には▲9八香の二段ロケットの攻めが厳しそうです。)で▲9五歩(p88。第14図)。
●第14図

 この手は次に▲9四歩*1△8三玉▲9三歩成△同銀▲同龍までの詰めろなので受けなければなりませんが、澄野は△8三玉の早逃げで応じます。しかしこれが罠。▲9三金!(p90。第15図)。
●第15図

 先述の詰めろの手順を確認してほしいのですが金は必要ありません。なので金を捨ててもう一度相手玉を危険地帯に呼び込む手が厳しいのです。▲同銀に△9四歩(p92。第16図)。
●第16図

 △同銀は▲同龍△8二玉▲9一龍△8三玉▲9二龍まで。指すとしたら△8二金くらいでしょうが、それも▲9三歩成△7二玉に▲5三銀と詰めろをかけられて受けても一手一手で手段がありません。澄野ここで投了。まさに次の一手問題集に載ってるかのような鮮やかな寄せでそよがハチワンのリベンジを果たしました。
 ちなみに、早逃げではなく先に△8五桂なら澄野が残してて勝ちだった、というようにそよは述べてますが、実際にそうなのかは分かりません。△8五桂に対しては澄野が勝負手として挙げた▲7三金か、もしくは単に▲同歩でも相当難しいです。確かにきちんと受ければ後手玉は詰まないのですが、利かすだけ利かした後に▲5九金としてと金を払えばかなり難しいです(むしろ先手よしと私は思うくらいです)。もしかしたら、高いレベルだと△8五桂で後手勝ちなのかもしれませんが、私のレベルではとても断言できません(汗)。ご意見募集します(笑)。とにもかくにも、「アキバの受け師」がその実力をみせつけた一局といえるでしょう。
 三面指しの後はハチワンの対コンピュータ戦が始まります。ハチワンの連戦連勝で終わりますが、一局だけ簡単に検討してみます。ハチワン対羽比田戦です(p179。第17図)。
●第17図

 菅田の居飛車から銀冠囲いに対して羽比田はカードのコマンドで四間飛車穴熊を選択しました。この局面で菅田は▲6六歩と仕掛けました。狙いは角交換からの飛車先突破です。居飛車の飛車先を突く手に対し振り飛車は角をひとつ上がって受けるのが常套手段です。従いまして、「振り飛車には角交換」という格言もあるとおり、居飛車側からは角交換が常に狙いとなります(もっとも、最近は振り飛車から角交換を仕掛ける”動く振り飛車”も流行っているのでこの格言も死語になりつつありますが)。
 そして第18図(p185より)です。
●第18図(投了図)

 この歩で後手玉は詰んでいます。△同玉は▲6四香△7三玉▲8三金△同玉▲6一角以下。△7三玉もやはり▲8三金△同玉▲6一以下の詰みです。
 現在のコンピュータ将棋のレベルはとても高いところにまできています。ハードの性能や持ち時間といった条件に左右されるところはありますが、しかしながらトッププロが一局負けることがあっても不思議ではないくらいのレベルにまできています。
【参考】daichan's opinion:コンピュータ将棋について
 羽生善治はコンピュータ将棋について訊かれて次のように答えています。

――コンピュータと人間がやると、どうでしょう。
「コンピュータがどれだけ力を伸ばしていくか、ということが大きいと思います。ハードとソフトの両方で伸びていくのはまちがいないけど、それがどのくらいのスピードで、どのくらいのアプローチややり方になるのか。それによってずいぶん違ってくると思います」
――仮に一生懸命やったら?
「一生懸命やったらすごいことになると思いますよ。たとえばスパコンを使うとか、国家プロジェクトのハードを使うとか。そんなことになれば、今でも危ないんじゃないですか」
――コンピュータが人間に勝つということと、将棋がわかるということとは、別のことですよね。
「そうですね。ゲームそのものを解明するのとはまた別の話です。わかりやすい例としてはオセロでしょう。オセロも終わりに向かって可能性が小さくなっていくゲームが、それでも〈8×8〉はまだ解明されていません。今は〈6×6〉まで解明されましたが、〈8×8〉となるとまだ先のことのようです。将棋の〈9×9〉を解明するのはかなり大変です。よほどのことがない限り大丈夫ですが、コンピュータが勝つかどうかとは次元が違う話ですから
 連珠は解明されたし、チェッカーも解明されました。そうしたことは大きな出来事で、すでにそういうものが出てきているということは、受け止めておかなければならないことだと思います」
『将棋世界 2008年3月号』所収「羽生善治二冠インタビュー」p58〜59より)

【関連】コンピュータ将棋がプロを破る日? - 三軒茶屋 別館
 このように、トッププロとコンピュータ将棋との関係は、現時点ではプロの方にまだアドバンテージがありますが、しかしながら予断を許さない状況にあることもまた間違いないでしょう。ちなみに、コンピュータ対プロ棋士について書かれた本としては、将棋ソフト「ボナンザ」の開発者である保木邦仁と、そのボナンザと公開対局を行った渡辺明竜王による共著『ボナンザVS勝負脳―最強将棋ソフトは人間を超えるか』が詳しいのでオススメです。

【関連】『ボナンザVS勝負脳』(保木邦仁・渡辺明/角川oneテーマ21) - 三軒茶屋 別館
 確かに、コンピュータ将棋の弱点は序盤です。コンピュータの序盤は人間が覚えさせた定跡をそのままなぞるだけなので、創意工夫という点では人間には及ばなくて拙い序盤作戦を指してしまうことが多々あります。しかしながらミスの少ない中盤に正確無比の終盤での指し回しにあっては大抵の人間は苦杯を舐めることになります。ですので、羽比田くんがコンピュータに勝てなくても当然ですし、そのコンピュータ相手に勝ちまくる菅田を見て「あなたは救世主のようだ」と感じるのも大袈裟でも何でもないと思います。ハチワン強えー(笑)。


 ま、こんなところでしょうか。好きな漫画なので長々と語ってしまいました。何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正します(笑)。
【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 14巻 15巻 16巻 17巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる

*1:漫画の方は澄野視点に切り替わっているので棋譜表記も澄野が先手として表記されていますが、ここでは先手そよ・後手澄野のままで統一して解説しています。漫画と表記に違いがあるのはそうした理由によるものです。