『ヴァンサンカンまでに』(乃南アサ/文春文庫)

ヴァンサンカンまでに (文春文庫)

ヴァンサンカンまでに (文春文庫)

 『DEATH NOTE』を少年漫画の沿革で考えると、パワーインフレからルールインフレ(特にジョジョ第3部)というのがあって、それからバトル要素を抜き出して駆け引きだけに特化したものといえると思います。そうして出来上がった『DEATH NOTE』はアニメ化も実写映画化もされる大ヒット漫画となりました。「新世界の神となる」という信念に基づく夜神月の行動は、歴史上の偉大な軍師すら上回る神算鬼謀ぶりを発揮して読者を魅了する反面、ときには妙にせせこましい策を弄することもあります。そして、そうしたせせこましい策というのは案外日常でも弄したり弄されたりしているものではないでしょうか。身近に感じられる要素があったからこそ、『DEATH NOTE』は多くのファンを獲得できたのではないでしょうか。
 本書で描かれているのは、24歳の女子社員・仲江翠の恋愛ゲームです。ゲームといっても別にたいしたことはしていません。ちょっとした嘘と裏切りと欺瞞があるだけです。しかし、自分が少しでも得をするために相手と駆け引きをして、ときには競争相手を出し抜くためのものであることは間違いなくて、その意味では確かにゲームです。「幸せはそんなふうにつかむもんじゃない」というのはおそらく正論なのでしょう。しかし、「じゃあ具体的にはどうすればいいの?」と疑問を持ってしまうと、やれ条件やら将来性やらを考えて頭を働かせてしまうのが人間の悲しい性質というものでしょう。
 本書のタイトルにあるヴァンサンカンとは、フランス語で25歳(vingt-cinqans)という意味です*1。本書はそもそも1991年に単行本で刊行されてまして、つまりバブル景気の頃に書かれた本ということになります。したがいまして、現在とは価値観の常識も微妙に異なっています。終身雇用制度も確実なものとはいえなくなっている昨今では、社内恋愛はともかく不倫はやりづらいでしょう。また、男女とも結婚年齢は年々上昇傾向にあります。”ヴァンサンカンまでに”とはなかなかいかないのが現実でしょう。とはいえ、こうした物語が非現実的ななものなのかといえば、決してそんなことはなくて、今もどこかでこんなことはあるんだと思います。衝撃の展開とかはまったくなくて物語としてはホントに平凡なのですが、それだけに複雑な気持ちにもなりました。たまに読む分にはこういうのも悪くはないと思いました。

*1:ここだけの話、ずっと晩餐館焼肉のタレのイメージしかなかったのは内緒です(笑)。