『渡辺明の居飛車対振り飛車』と『新鋭振り飛車実戦集』

 今回は将棋の定跡書と実戦集の紹介です。

渡辺明の居飛車対振り飛車 I 中飛車・三間飛車・向かい飛車編 (NHK将棋シリーズ)

渡辺明の居飛車対振り飛車 I 中飛車・三間飛車・向かい飛車編 (NHK将棋シリーズ)

渡辺明の居飛車対振り飛車 II 四間飛車編 (NHK将棋シリーズ)

渡辺明の居飛車対振り飛車 II 四間飛車編 (NHK将棋シリーズ)

 渡辺明竜王(ブログ:渡辺明ブログ)が2007年4月から9月まで「NHK将棋の時間」にて担当していた講座がまとめられたものです。「中飛車三間飛車・向かい飛車編」と「四間飛車編」の2冊に分かれておりまして、1冊1050円(税込)となっております。内容の充実度からしてかなりのお買い得だと思います。
 Ⅰにあたる「中飛車三間飛車・向かい飛車編」は、いわゆる”動く振り飛車”として分類されています。すなわち、居飛車側に穴熊に組ませないように序盤から積極的に動く姿勢をみせる振り飛車のことです。
 三種類の振り飛車のなかでも特に中飛車にはページが割かれています。まず最初に、旧来の角道を止める普通の中飛車の指し方が説明されます。迂遠なようではありますが、従来の中飛車居飛車穴熊によって衰退したことが明らかとなることで、逆に対居飛車穴熊としての性質を備えた角道を明けたままの中飛車、すなわちゴキゲン中飛車の優秀性が自ずと明らかになっていきます。昨今のゴキゲン中飛車の流行もあって、居飛車側のゴキゲン中飛車対策として超急戦や丸山ワクチン、▲4七銀型などの基本的な指し方が解説されています。もちろん、あくまでそれらは基本に過ぎなくて実戦となるとそうは進みません。しかし、

 正直いって、細かい手順を一手一手考えるのは後回しでもいいのです。目の前の局面がどういうものか把握し、方向性を間違えないことが重要。まず正しい枠組みを作る。そして枠組みの中で読みを進める。この枠組みのことを一般的に「大局観」といいます。
(「中飛車三間飛車・向かい飛車編」p29より)

 要はそういうことです。大枠の理解なくして細かい手順を理解することはできないのです。そうした手順のイメージ・流れを本書は、玉の固さや位置、攻撃陣の配置や駒の働きといった指針を示しながら分かりやすく解説してくれています。
 三間飛車については、居飛車側の急戦と穴熊、それから『ハチワンダイバー』で一気に有名になった新・早石田から升田式石田流について解説されています。また、向かい飛車については、佐藤康光二冠が連採したことで話題になった角交換型は載ってませんが、居飛車穴熊に対して飛車先逆襲からの一気の攻めが解説されています。本書を読んで感じるのは、動く振り飛車というのはホントに居飛車穴熊を意識した定跡整備がなされているんだなぁというものです。振り飛車にはとりあえず穴熊という平和だったころが懐かしいです(笑)。
 いくらゴキゲン中飛車が流行しているとはいえ、それでも振り飛車といえばやっぱり四間飛車です。というわけで、Ⅱの「四間飛車編」では四間飛車居飛車について丸々一冊使った解説がされています。3部構成になっているのですが、第1部は「四間飛車対位取りと急戦」です。四間飛車対策として位取りという指し方は、穴熊中心ときどき急戦という現在の風潮では知る機会のない分野です。なぜ位取りは駄目なのか。実戦の役には立たないかもしれませんが理解を深めるためのテキストとしてちょっと嬉しいです。また、急戦定跡の基本的な流れも確認できるので実戦的にも利便性が高いと思います。第2部は「四間飛車居飛車穴熊」です。四間飛車の居飛穴対策といえばなんといっても藤井システムです。居飛車側の対策が磨かれていった結果、藤井システムもずいぶんと下火になってしまいましたが(特に後手番藤井システムは壊滅的)、知らずに漫然と居飛穴に組もうとすると瞬殺されてしまうリスクは依然としてあります。居飛穴を指すなら必須の知識が詰まってます。第3部は「四間飛車穴熊の戦い」です。四間飛車穴熊対銀冠と相穴熊の攻防が解説されています。持久戦となれば飛車先の歩が伸びてる分居飛車側が指しやすいが定説とされていますが実際にはかなり難しいです。手詰まりの局面から手を作るコツをつかむことが大切です。
 というわけで、居飛車振り飛車の対抗形の基本的な指し方を2冊でおおよそカバーしてくれてます。現代将棋は何でもありな状況になってるだけに、基本を広く押さえてくれている本書のような定跡書は非常に助かります。また、定跡の解説だけではなく、それを踏まえた上での渡辺竜王自身の実戦譜も紹介されています。基本と応用を知ることができる本として、初級者から中級者向けの本としてオススメです。
 ただ、確かに実戦譜が紹介されているのですが、渡辺竜王居飛車党なために実戦譜は居飛車視点からの解説になっています。居飛車党の方ならそれでよいかもしれませんが、振り飛車党の方にとっては物足りなさが残ると思われます。そんな方に併せてオススメなのが『新鋭振り飛車実戦集』です。

新鋭振り飛車実戦集 (マイコミ将棋BOOKS)

新鋭振り飛車実戦集 (マイコミ将棋BOOKS)

 本書は、戸辺誠遠山雄亮長岡裕也高崎一生四段という若手振り飛車党による実戦集の解説です。若手だけにネームバリューも低いですし実戦集ばかりなので、上記の渡辺竜王の本よりは読者のハードルが高いのは確かでが、併せて読めば居飛車振り飛車の対抗形の理解が深まることは間違いありません。
 戸辺誠四段(2008年11月から戸辺流ブログを開設)による第1章では、対加藤一二三九段戦ゴキゲン中飛車、対4七銀急戦)、対広瀬章人五段戦(石田流、対左美濃)、対飯塚裕紀六段戦(先手中飛車)が紹介されています。加藤一二三九段戦は、加藤一二三九段千敗目の棋譜なのでそうした意味での資料的な価値もあります。
 遠山雄亮四段による第2章では、対木下浩一六段戦(相振り模様から三間飛車、対玉頭位取り)、対大野八一雄六段戦(四間飛車、対穴熊)、対森内俊之名人戦ゴキゲン中飛車、対丸山ワクチン)が紹介されています。遠山四段はブログ(遠山雄亮のファニースペース)を開設しておりまして、これらの将棋についてもブログの中で簡単な自戦記が紹介されています(それぞれ、木下六段戦大野六段戦森内名人戦)。今回の実戦集はそれらに大幅な加筆と修正がなされたものですが、ブログと書籍との性質の違いなんかを感じ取るのも一興ではないかと思います。
 長岡裕也四段による第3章では、対児玉孝一七段戦(四間飛車、対山田定跡)、対伊藤能戦(四間飛車、角交換型)、対櫛田陽一六段戦(四間飛車、対鷺宮定跡)が紹介されています。すべて四間飛車で、しかも3二銀型というテーマに絞られています。珍しいかたちなので、振り飛車党のみならず居飛車党にとっても勉強になるのではないかと思います。また、末尾のコラムでは二手目3二飛が紹介されています。初見では意味不明な手ですが、朝日杯オープンで羽生二冠が採用したこともあって密かな注目を集めています。先のことはともかく、現時点では有力手と思われますので興味のある方は研究してみても面白いのではないでしょうか。
 高崎一生四段による第4章では、対佐藤紳哉五段戦(四間飛車)、対西尾明四段戦(藤井システム)、対児玉孝一七段戦(藤井システム)が紹介されています。藤井システムがテーマとして意識されています。四間飛車藤井システム)は居飛車側の研究とゴキゲン中飛車の台頭によって減少傾向にはありますが、玉の囲いを後回しにして攻撃陣を組み立てる独特の指し回しはとても魅力的です。四間飛車のさらなる可能性の発見に期待です。
 タイトル戦などの華々しい舞台での将棋の棋譜は皆の目に触れますが、そうではない将棋、特に若手棋士棋譜はたとえそれが名局であったとしても埋もれてしまいがちなのが現状です。そうした将棋がファンの目にとまる契機として本書のような試みはとても面白いと思います。ただ、知名度の低い若手棋士棋譜だけに、実戦の解説だけでなく棋士自身の紹介などにもう少しページを割いてもよかったんじゃないかとは思いますが、それはきっと、彼ら自身が活躍することによって顔を出す機会が増えるように頑張りなさい、ということなのでしょう(笑)。

 最後に蛇足ながら実戦集について一言だけ。編集部からのまえがきに、戦型は角交換型向かい飛車、中飛車三間飛車四間飛車と多岐にわたり とありますが、ご覧のとおり角交換型向かい飛車は本書には含まれておりません。ちゃんと読んでますか?>編集部 
 看板に偽りありになってるので今後はこういうことがないように注意してもらいたいものです。