『3月のライオン 1巻』将棋講座

- 作者: 羽海野チカ
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2008/02/22
- メディア: コミック
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Chapter.1 桐山対幸田戦
p19より。桐山の五筋位取り戦法に対して幸田は四間飛車穴熊の堅陣で対抗しました。五筋位取り戦法は中央の位を取って盤面全体の模様を良くして勝とうというバランス重視の指し方です。対して穴熊はとにかく王様を堅くしてから無理気味にでも仕掛けて勝とうという堅さ重視の指し方です。現代将棋はバランスよりも王様の堅さを重視する傾向にあります。にもかかわらず、若い桐山が五筋位取りを指し、対する幸田が穴熊を指しているのが面白いところです。
この将棋の元ネタとなっている棋譜は昭和50年名人戦七番勝負延長第8局*1中原誠(桐山側)対大内延介(幸田側)戦です。途中は激しい応酬がありましたが、盤面図(投了図)は一方的です。双方の王様は健在ですが、五筋位取り戦法が完全に成功して後手の攻撃陣を完封してしまっています。穴熊の堅陣もこうなっては手も足も出すことができません。投了もやむなしです。
【参考】告知諸々: 義七郎武藏國日記
Chapter.3 松本対桐山戦
p59より。松本の四間飛車に対して桐山は急戦で挑みました。四間飛車というのは基本的には受け身の戦法です。相手の力を利用して自らの駒をさばく(=自分の駒を効率よく活用すること)感覚が必要となります。松本五段は攻撃しかしてこない棋風と紹介されているだけにこの戦法選択は少々意外です(笑)。もっとも、現代将棋では”攻める振り飛車”というのもかなり幅を利かせてきてますから一概には何とも言えませんけどね。対する桐山は急戦。これは文字通り急いで仕掛ける指し方です。王様の囲いもそこそこに攻めかかるため主導権は握れますが自玉の脆さには常に気をつけなければなりません。さて、盤面は桐山が急戦の常套手段として先手玉の端に手を付けたのに対して松本が▲1八歩と謝ったところです。ここだけ見るとあまりいい気はしませんが、ここに歩を打っておけばしばらく自玉は安全で後は攻め合いで勝てるという見込みがあったのでしょう。ところが。
p60より△7五歩。この歩には華があります。STARです(笑)。角のラインが遮られてしまったことによって先手玉の危険度が一気に高まりました。そんなに邪魔なら▲同角と取ってしまえばと思われるかもしれませんが、そうすると松本自身が懸念しているとおりに△7六馬と引かれて困ってしまいます(仮想図)。
●仮想図(△7六馬の場合)
この馬引きには、角取りと△4九馬▲同銀△同龍の二つの狙いがあって、その両方を受けることはできません。仕方がないので、松本は歩を取らずに▲9一龍と香車を取って駒の補充を図りました。が。
p61。この金打ちで先手はしびれています。角を取られて3九に打ち込まれたらそれまでですが、角を逃がす場所はありません。かといって後手玉に特攻をかけても詰ますことはできず、代わる手もありません。投了もやむなしです。
ちなみに本局は平成12年竜王戦第5局藤井猛(松本側)対羽生善治(桐山側)戦が元ネタとなっています。
【参考】何時か捷ち組!?: 義七郎武藏國日記
Chapter.5 二海堂対桐山戦
本局は平成5年王将戦第4局村山聖(二海堂側)対谷川浩司(桐山側)戦が元ネタとなっていますので、それを基に盤面を起こしてみました。相矢倉からの激しい攻め合いです。
p97の▲5五香の局面です。歩切れをついた香打ちは確かに厳しいです。しかし、桐山も負けじと△7六歩と応酬します。歩切れを解消しながらの金取りです。同じ金取りですが争点が玉に近い分後手からの金取りの方が厳しいです。そこで、普通なら金を助けるのが第一感ですが、そこで▲6八銀。
金取りを放置しての銀打ちです。金は取られてしまいますが飛車に当たっていますので桐山は飛車をどうにかしなければならず△5四歩として金取りを防ぐ間がありません。その隙に二海堂は▲5三香成とすることが可能になります。確かになかなか浮かばない勝負手です。ただ、本譜は冷静に考えれば大駒(飛車と角)の枚数と働きの差が大きくて後手有利です。二海堂の粘りに屈することなく桐山は指し続けます。
p62。この△7九銀で先手玉は詰んでいます(一例を挙げますと△7九銀以下、▲同玉△6八金▲8八玉△7八金▲同玉△3八龍▲5八銀△同龍▲同歩△6九角▲同玉△3九飛成▲5九角△6八歩成▲同玉△6七銀▲7九玉△5九龍▲8八玉△6八龍まで。手数こそかかりますが手順としてはやさしい詰みです)。
以下オマケ。
『3月のライオン』という題名の意味(妄想)。
本作では、将棋のタイトル(棋戦名)は実在するものをアレンジしたものが用いられています(NHK杯→MHK杯など)。ところが、例外的にそのまま使われているものがあります。それが順位戦と名人戦です。
順位戦(順位戦 - Wikipedia)とは、上から順にA、B1、B2、C1、C2というピラミッド構造のリーグ戦のことです。各リーグで好成績を収めれば昇級できますが負け続けると降級してしまいます。A級まで昇りつめてそこで1位になると名人と名人戦七番勝負を戦う権利を得て、そこで勝った方が名人(負けた方はA級の1位)となります。このように順位戦と名人戦はリンクしています。
順位戦は年度ごとに行われるため将棋界の3月は順位戦の昇降級が確定する時期としてファンは注目します。特にA級順位戦が決着する日は『将棋界の一番長い日』として衛星放送で特番が組まれたりもします。棋士の人生が決まる時、そして名人挑戦者が決まる時として、将棋界にとって3月は特別な月なのです。そんな意味が『3月のライオン』には込められているんじゃないかと思ったり思わなかったりです。
【参考】1巻時点での登場棋士の段位とか
名前 | 年齢 | 段位 | クラス | |||
---|---|---|---|---|---|---|
桐山零 | 17 | 五段 | C1 | |||
幸田 | ? | ? | ? | |||
松本一砂 | 26 | 五段 | C2 | |||
スミス | 26 | 六段 | B2 | |||
二海堂晴信 | ?*2 | 四段 | C2 |
【関連】http://snow.freespace.jp/Rocky-and-Hopper/Kisho-Michelin/592/3gatsu-no-lion.htm
元棋譜と桐山零の関係
1巻では上述のように3つの対局がありますが、それらにはすべて元ネタがあります。その元棋譜の対局者と桐山零の対応関係を考えますと、Chapter.1では中原誠(中原誠 - Wikipedia)、Chapter.3では羽生善治(羽生善治 - Wikipedia)、Chapter.5では谷川浩司(谷川浩司 - Wikipedia)の側を持っています。3人とも一時代を築いた、もしくは現に時代を担っている棋士であり、また名人経験者でもあります。これが偶然かどうかは分かりませんが、今後『3月のライオン』では順位戦ひいては名人戦に重きを置かれた展開が見られることの証左ではないかと思ったり思わなかったりです(笑)。
【関連】将棋の海外伝播などについてのブログ: コンテンツに使われる名人戦の局面
【追伸】『3月のライオン』は『ハチワンダイバー』とは真逆のマンガかもしれない - 三軒茶屋 別館
『ハチワンダイバー』の菅田はアイラブ将棋…*3が本心ですが、零にとってのそれは醜い嘘(本書p165)とまさに正反対です。将棋を愛しながらもプロになれなかったハチワンと、将棋の神に愛され中学生でプロ棋士になりながらも将棋を好きになれない零。将棋を起点とした二人の立場は正反対といってよいでしょう。だからこそ、これから先ハチワンには将棋を嫌いになるときが来て、それとは逆に零には将棋によって救われるときが来るんじゃないかと思ったり思わなかったりですが、素直に先の展開を楽しみにしたいと思います。
【関連】当ブログ解説記事 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻