『ハチワン』は将棋漫画で『3月のライオン』は棋士漫画

 『ハチワン』と『3月のライオン』の違いについて少し考えてみました。『ハチワン』が将棋漫画であるのに対し、『3月のライオン』は棋士漫画なのだと思います。
 『ハチワン』の主人公であるハチワンこと菅田は元奨(元奨励会員)です。アマチュアから見れば圧倒的な実力の持ち主ではありますが、将棋界のヒエラルキー的には決して高いポジションではありません。プロ棋士への夢破れ、真剣師に身をやつし戦い続けるハチワンには将棋しかありません。これは多分逆で、将棋さえあればよいから真剣師でいられるのです。『ハチワン』はときに真剣師たちの勝負と形容されることがあります。それは決して間違いではないのですが、そこに登場するキャラは、メイドさんだったりホームレスだったり漫画家だったりフィギュアマニアだったりと、とても真剣師などという言葉でひとくくりにできるような存在ではありません。彼らを結び付けているもの、それが将棋なのです。また、将棋の勝負の描写はとても真に迫っています(参考:『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる)。
 一方、『3月』は、実際に職業として認知されている「プロ棋士」である若き天才・桐山零を主人公にしています。そこでは、将棋の対局というのは、勝負であり研究であり芸術であることは間違いないのですが、棋士にとってそれは”仕事”でもあります。日常の中にそうした勝負事が溶け込んで、当たり前の風景になっています。同じような漫画として囲碁界を舞台とした『ヒカルの碁』があります。しかし、『ヒカルの碁』はヒカルがプロ棋士になるまでがメインの物語であり、最後の戦いが世界対抗戦という世界性を感じさせる終わり方でした。それに対し、『3月のライオン』はプロ棋士であることが前提としての物語です。また、囲碁のような世界性といった広がりは、現状の将棋界にはありません。それが開かれるのは、プロアマ戦、もしくは対コンピュータ戦といった、”勝って当然”の戦いのときだけです。そこでは勝負という観点はありません。そうした狭い世界に閉じ込められた天才たちの孤独な戦いが描かれているのが『3月』だと思います*1。そんな閉鎖的な環境・閉塞的な状況というものを桐山零という主人公は良くも悪くも背負ってしまっています。

それから、主人公は何かしら、自分とシンクロするところがあって欲しいと思ったんです。それで「職業として将棋をやっているけれど、自分の生活とうまく両立できない」という感じにしようと思って。将棋と漫画にどこか「近い」ものを感じたんです。
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 まだまだコミックスの1巻も発売されていないような段階であれこれ言っちゃうと後が恐ろしいのですが(笑)、NHKのテレビ将棋トーナメントといった実際の将棋界のエピソードをアレンジした要素も多く取り入れられています。桐山零という人物の特殊な事情は確かにありますが、棋士の日常と一般人のそれとのギャップは巧く描かれていると思います。ただ、巧すぎて逆に引かれちゃってるんじゃないかとも思えてなりません。
 今の将棋界のホットな話題として、羽生二冠の1000勝達成目前というのがあります(12月14日までに999勝を挙げています)。この記録のすごさはこちらの記事が詳しいのですが、こんなにすごい話題でも、一般人にとってはスルーされるのが現実というものでしょう。『しおんの王』だと将棋の勝負の他に殺人事件の真相というミステリー要素でもってストーリーを牽引していますが、『3月』ではそういった要素は今のところ前面に現れてきてません(露骨に仄めかされてはいますが・笑)。そうした要素がいつ表面化するのかが読みどころのひとつではあります。
 思うに、『3月』はまだまだ序盤における駒組みの段階なのです。駒組みが終わって駒と駒とがぶつかり出すときに、物語としての面白さも加速していくんじゃないかと思います。それに期待しつつ、とりあえずはコミックスの1巻が出るのを待ちたいと思います(笑)。



 ここがブログ化してからもうすぐ1年になりますが*2、振り返って感じるのは、私には何がウケて何がウケないのかを判断する能力がまったくないということです(笑)。自信満々で書いた記事がスルーされ、かと思えば適当な気持ちで書いた記事にアクセスが集中して冷や汗をかくということの繰り返しの末に辿り着いたのが、無欲が一番という当たり前の境地だったりします(笑)。
 そんな見込み違いの典型が、『ハチワン』と『3月のライオン』に対しての当初の認識・判断です。
 『ハチワン』は、ものすごく面白いと思いながらも「こんなにしっかりと将棋を描いちゃうと逆に引かれちゃうんじゃないかなぁ」との懸念があったので、こんな記事を書いたりして微力ながらも全力でプッシュしました。そしたら、このマンガがすごい!2008オトコ編1位を獲得したり、プロ棋士主演の再現ドラマがアップされたり、こっちがゴメンなさいと謝りたくなるくらいの人気漫画になっちゃいました。将棋ファンとしては嬉しい限りですが、ぶっちゃけ予想外です(笑)。
 対して、『3月のライオン』については、『ハチクロ』の作者である羽海野チカの新連載だということもありメジャー臭がぷんぷんすると判断して放置してたのですが、そしたら意外にもあんまり評判を目にすることがありません。なぜでしょう? 刊行ペースが不定期ということもあるかもしれません。単行本が発売されたらまた違うのかもしれません。でも意外です。そんなことを思ったので上のような駄文を書いてみました。将棋ファン的にはどっちもヒットして欲しいので地道に追っかけていきたいと思います。
【関連】
『3月のライオン』は『ハチワンダイバー』とは真逆のマンガかもしれない - 三軒茶屋 別館
『3月のライオン 1巻』将棋講座 - 三軒茶屋 別館

*1:月下の棋士』という漫画もありましたが、あれに描かれている棋士の姿はあまりにも特殊過ぎると思います。

*2:それより前の記事はすべてブログになる以前のをサルベージしたものです。