『振飛車殺人事件』(山村正夫/徳間文庫)

- 作者: 山村正夫
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 1982/02
- メディア: 文庫
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本書には、〈振飛車殺人事件〉〈詰将棋殺人事件〉〈棒銀殺人事件〉の中編が3本収録されています。いずれも、警察官の小柳健太郎を夫に持つ小柳カオリ四段(C級2組所属の若手棋士)が探偵役でして、将棋の関係している事件について彼女が捜査に加わって真相を明らかにするというパターンで成り立っています。
〈振飛車殺人事件〉は、1976年に行なわれたNHK杯の決勝戦、二上達也九段対大内延介八段(段位は当時のもの)が犯人のアリバイトリックを支えるとともに、真相の鍵を握ってきます。この将棋は二上九段の居飛車対大内八段の振飛車という一戦でしたが、大内八段が”攻める振飛車”の本領を発揮して中盤まで優位を築きましたが、終盤に入って二転三転し、最後は大内八段が熱戦を制しました。この一局に倣い振飛車殺人事件というタイトルが付けられたのでしょう。
ちなみに、本編ではカオリの指導対局(二枚落ち)として以下のような図(p17)が掲載されています(第1図)。
●第1図

この図について、作中では下手の指し方を”三間飛車戦法”と説明しています(p15)。しかし、これは普通は袖飛車戦法と呼ぶと思うのですが、いかがでしょうか。木津千里じゃないですがきっちりして欲しいです(笑)。
なお、殺人事件についてですが、本編のアリバイトリックは古すぎて困ります。いや、だってポータブルラジオにイヤーホーンがトリックだって言われても(苦笑)。もちろん30年前に書かれた本(初刊:1977年)なわけですから当時とすれば立派なトリックだったのは分かります。こうした時代の流れを実感できるのも古本の楽しみ方のひとつだと思います。
〈詰将棋殺人事件〉は、やはりタイトルどおり詰将棋が事件のアリバイと真相の鍵を握っています。作中で問題になっている詰将棋は以下のもの(p89)です(第2図)。
●第2図

ただし、作中のものはこの図とは違い持ち駒の一歩がなくて不詰めになっています。これが真相を知る糸口となってくる下りはなかなか面白いです(ちなみに十一手詰めです)。
本編では、スタンプやゴム印で詰将棋が作られてハガキで応募ということになっているのですが、これもやはりパソコンやプリンタというものがなかった時代を思うとノスタルジックな気分になっちゃいます(笑)。
〈棒銀殺人事件〉は、犯人と探偵であるカオリとの二つの視点から交互に語られます。一種の倒叙ミステリです。序盤、中盤、終盤と一局の将棋の流れになぞって展開されていく章立てに作者のこだわりを感じます。本編の犯人は将棋の方もなかなかの指し手ということになっています。それは以下のような図(p195)で説明されています(第3図)。
●第3図

後手が本編の犯人です(先手は名もない脇役)。先手が棒銀戦法で後手の2三の地点を狙っているところですが、犯人はここで△2四歩と突きました。これをうっかり▲同飛と取ってしまいますと、以下、△3三歩▲2三銀成△2四飛▲同成銀△4九飛▲5九金△3九飛成(第4図)となって後手である犯人の罠にはまってしまうとされています。なるほど、上手いものですね。
●第4図

なお、3図と4図を比べてみて欲しいのですが、後手の1筋の歩の位置が変です。これは本編の図がそのようになっていたのでそのままにしました(私が持ってるのは1982年発行の初刷です)が、これはおかしいです。ここでの端歩が突いてあるか否かは大きいです。なぜなら、もし後手の端歩が第3図のように突かれているのであれば、先手から▲1五歩△同歩▲1二歩△同香として、次に銀をどうにかさばいて▲1二角成を狙うという指し方が考えられるからです。従いまして、端歩の関係がどうなのかすごく気になります。きっちりして欲しいです(笑)。
本編では、事件の影に女性が関わっていることもあり、当時の言葉でいうところのウーマン・リブ運動についての雑感が述べられています。なんでもかんでも女性上位の風潮に対しての疑問です。本書では主人公の小柳カオリはC級2組のプロ棋士として描かれています。作者としては、いずれは女性のプロ棋士が生まれるだろうと思って書いたことと思われます。しかし、それから30年以上が経ちますが、奨励会を勝ち抜いた女性のプロ棋士は一人も誕生していないのが現状です(参考:勝手に将棋トピックス−将棋と性差−)。そう考えると、なんだかやるせない気持ちになってしまいます。皮肉というか何というか……。