『ノーブルグレイの幻影』(麻生俊平/富士見ファンタジア文庫)

 まずはこちらのエントリをぜびお読み下さい。
http://d.hatena.ne.jp/CAX/20070801/zanyarma_2
 ということで、私自身とても思い出深い作品であるザン剣シリーズについて、今こんなに語ってくれてるだけでとても嬉しいので、当時リアルタイムではまってた者として、及ばずながら勝手に振り返ってみたいと思います。
 随分前に書いた私の感想を読み返してみますと、バトルものとしての観点からはまったく語ってないことに驚かされます。もっとも大きな理由として、このシリーズの読みどころが、主人公である矢神遼がいかに苦悩するのか? というその一点に私の興味があったというのが偽らざる本音です。トラウマものとでも言えばよいのでしょうか? ダウナーというかストイックというかマゾヒスティックというか、そういう気分にさせてくれる物語として楽しんでました(?)。悪趣味な読み方だという自覚はありますが、私の周囲の人間も、この物語についてはおおむねそうした読み方をしてたと思います。
 あと、扱ってるテーマがうちらのような当時の中高生にはピンポイントだったというのは間違いなくあります。『ノーブルグレイ』の場合だと高校野球の影の部分を扱っています。そんなのをテーマにした高校生向けの物語など、今でもあまりないとは思いますが、それでも当時の高校生とか中学生として読んでみたいものには違いありません。1989年に宮部みゆきの『パーフェクト・ブルー』(1992年文庫化)が出版されていたという下地があるにはありましたが、それでもやはり手に取りたくなります。そして、決して押し付けがましく感じませんでした。それも、読者の代わりに主人公が悩みまくってくれてるからだと思います。(ちなみに、次巻の『オーキス』はこの視点抜きでは語れません。)
 その他の理由として、一巻より先にドラゴンマガジンで連載されてた短編・パイロット版を先に読んでて、それが全然バトルものではなかったためにそういう視点で考えなくなったというのもありそうです。また、当時の富士見ファンタジアはやはり『スレイヤーズ!』全盛で、そんな中にあって他のラノベが存在感を発揮しようとすると、いかに『スレイヤーズ!』との差別化を図るか? というのがテーマとしてはあったと思います。その点、リナ・インバースと矢神遼は正反対と言っていいキャラですし、そのことから戦い方の不細工さというのも説明できるのではないかと思います。それと、『スレイヤーズ!』を始めとするハイ・ファンタジーの魔法ものが全盛だったために、他に比較するほど超能力もの(エブリデイ・マジックもの)がなかったというのもありそうです(これは私が他の作品を読んでないだけかもしれませんが)。あと、他の人物はともかく矢神遼の戦いは、近い時期に少年ジャンプで連載されてた『るろうに剣心』の剣心対蒼紫(2回目)や剣心対宗次郎のように、戦ってるんだけど結局は敗者の心の弱さで決着がつくというようなスタイルということで納得してたように思います(ネタバレ気味ですが、それこそまさに”ザンヤルマの剣士”)。
 恋愛要素は、これはもう完全に気になりませんでした。何故でしょうね? ってかこれまたネタバレかもしれませんがそうした要素は今後十二分に補完されますし、むしろその点については今のラノベの方が特化し過ぎじゃないかとも思います。個人的にザン剣と平行して読んでたものを可能な限り思い出してみましょう。『スレイヤーズ!』に『オーフェン』、『アルスラーン』、『ヤマモトヨーコ』、『ユミナ戦記』、『ロードス』などなど……。他にもあったはずですが、自分の記憶力のなさが憎い(涙)。それはともかく、これらと比較すると、むしろ恋愛要素という面ではザン剣は踏み込んでる方だと思います。当時のラノベはRPGの小説化で、今のラノベはADV(エロゲ)の小説化ということなのでしょう(多分)。
 とりあえずこんなところでしょうか。他の方の意見もぜひ聞いてみたいところです。