『3月のライオン』盤面チェック

 渡辺竜王も注目羽海野チカ公式サイト)『3月のライオン』の連載が始まりました。『ハチワン』とは違ってメジャー臭がぷんぷんしますので私が解説する必要などなさそうですが(笑)、せっかく読んだので将棋ファンの視点から思ったことをちょっとだけ。
 ヤングアニマル2007年NO.14掲載の”Chapter.1 桐山零”、幸田対桐山零戦(おそらく幸田が先手だと思うのでそうしました)からです。第1図(p20)。
第1図(想像で補った箇所もあります。)

 幸田の四間飛車穴熊対零の5筋位取りです。ってゆーか、最初に盤面を見たときは指してるのが逆じゃないかと思いました。
 5筋位取り戦法は、中央の位をとって盤面全体を制圧しようとする指し方です。対振り飛車戦法として昔はかなり流行しましたが、現在はほとんど見なくなった指し方です。その理由としては以下のように考えられています。
・初手から一手の勝ちを追求する現代将棋の感覚では、位を取るために2手使うのがデフォルトになる作戦は受け入れられなくなってきた。
羽生善治三冠を始めとする実力者が指さないから。←逆説的ではありますが、実力者が指した戦法は当然勝った棋譜が残るので皆も研究して真似しようとするのは当然のことでしょう。
(『NHK将棋講座 2007年7月号』「渡辺竜王居飛車振り飛車 位取りはなぜ衰退したか」p3〜10参照)
 位取りが成功する条件は非常に限られていますし、他に急戦や穴熊といったより有効な振り飛車対策が現代では好まれていますから、5筋位取り戦法は、なくはないですが古風な指し方です。
 対する幸田は穴熊で迎え撃ちます。零が位を取るのにかけた手数を穴熊囲いに費やすのは、バランスよりも堅さを重視する現代将棋の考えに即した指し方です。厚みでは位取り戦法に譲るものの、玉の堅さでは大差ですので、あとは大駒交換を狙うなど無理な戦いを仕掛ければ一気に有利になる展開が見込めます。実際、第1図では、局面の良し悪しは別として、勝ちやすさという面で幸田側を持ちたいという人がほとんどだと思われます。
 ところが第2図(p23)です。
第2図

 これが投了図ですが、幸田側から見て、零の玉に迫る手はありません。振り飛車の飛車は完全に封じ込まれてしまってますし、角も取られてしまってます。手足をもがれたダルマ状態です。対して、幸田玉の穴熊は健在ですが左辺で飛車と銀が死んでますし、これを取られて活用されたらあっという間に寄せられてしまいます(まさに”穴熊の姿焼き”)。攻防共に見込みなく投了もやむなし、です。若き天才が相手の土俵で勝負して力の差を見せ付けた一局だと言えるでしょう。
 ちなみに、主人公である桐山零は17歳で五段となっていますが、これは羽生善治と同様のスピード出世です。このことから、主人公にプロ棋士としての高みを見させたいという作者の意向を感じ取ることができます。同じ将棋漫画でも、主人公が底辺を彷徨っている『ハチワン』とはまた違った楽しみ方ができます。先崎学八段が将棋監修をしているということで将棋の中身も期待できそうですし、今後も注目していきたいと思います。
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【追記】プロ棋士である窪田六段に紹介していただいちゃいました(汗)。大変恐縮ながら感謝感激でございます。