『星虫』(岩本隆雄/ソノラマ文庫)

星虫 (ソノラマ文庫)

星虫 (ソノラマ文庫)

イーシャの舟 (ソノラマ文庫)

イーシャの舟 (ソノラマ文庫)

 オーストリア国内で隕石(いんせき)のかけらを発見したドイツのアマチュア天文学者に対し、ドイツの裁判所は、隕石の所有権を認める判決を言い渡した。
 隕石の落下場所であるオーストリア自治体が、所有権をめぐって天文学者と争っていたが、裁判長は「天の財産には地上の権利は通用しない」と判断した。
 天文学者は、オーストリアの博物館に隕石を約30万ユーロ(約5000万円)で売ることを申し出ているという。(AP)
隕石のかけら所有権は発見者? それとも自治体?

 このニュースを見て思い出したのが、ソノラマ文庫の『星虫』です。『星虫』の冒頭で、とある山中から宇宙船が発見されるというエピソードが描かれています。日本政府は強制的に山の所有者である女性から宇宙船を買い取ろうとしますが全世界の非難を浴び、結局、国連によって作られた調査研究組織に一兆ドルで売り渡されました。これをキッカケに作中の世界では宇宙計画が発表されることになったという、とても重大な事件です。
 この事件は、シリーズ3作目の『イーシャの舟』でより詳細に述べられています。宇宙船の存在が明らかになったとき日本政府は、宇宙船を、文化的価値を持つ埋蔵文化財として、法に基づいた政府買取請求を行なう意思を明らかにします。それに対して宇宙船が発見された土地の所有者は、

『あの物体は、人間の作ったものではありません。それは、科学者の方が証明して下さるでしょう。そして、文化財とは、人間が作ったもの。あるいは地球そのものに自然に、人間が価値を認めたものです。物体は、それらの基準に全く触れません。つまり、文化財ではなく、ただの埋蔵物です』
(『イーシャの舟』p239より)

と主張することで、宇宙船の所有権を日本政府のものとされることに異議を唱えます。
 この場合の法とは、文化財保護法のことでしょう。この法律には確かに埋蔵文化財についての規定もあります。ただ、政府買取請求などというものは定められていなくて、仮に物体が文化財に指定されたとしても、所有権が日本政府のものになるということはありません。もっとも、文化財に指定されてしまいますと、その所有者は国の指示に従ってその物を管理しなくてはならなくなるので(文化財保護法31条)、その意味では、所有者が文化財に指定されることを忌避することには一定の理由があります(もっとも、文化財に指定されれば国から補助金が貰える(同法35条)ので普通は指定されるメリットの方が大きいですが)。そこで、宇宙船は文化財に当たらないという上記引用の主張がなされたわけです。この理論(以下、星虫説)の正当性については賛否があるでしょう。私自身は納得の理論ではありますが、文化財保護法による文化財の定義(同法2条)からは宇宙からの物体は含まれていないとは必ずしも言い切れないので反対説も十分成り立ち得ると思います。ただ、今回のドイツの裁判所の判断は、星虫説に極めて親和的な判断だと言えるでしょう。
 せっかくなので、『星虫』について紹介しましょう。ある日、宇宙から降ってきた奇妙な物体が、全人類の八割の額に吸着します。その物体は星虫と名付けられますが、それが吸着した人は視力を始めとする感覚がとても鋭敏になり、さらには様々なことができるようになります。しかし、星虫は徐々に大きくなり宿主の生活に悪影響が出始めます。主人公の友美は、宇宙飛行士という将来の夢とも相俟って星虫に対して愛着を抱き、星虫が人類に吸着した真意を何とかして図ろうとします。『ぼくらの七日間戦争』で確立された(?)七日間の出来事というパターンです。人生においてとても大事な時期である高校時代の進路決定・将来の夢というものを七日間に凝縮して、それに関わる両親や兄弟、親友に恋人(?)といった周囲の人間の反応。賛成してくれるときもあれば反対されるときもあり、応援もあれば妨害もあります。そんな中にあって、可能性と危険とが秤にかかる若者にとっての将来が濃密に表現されている、正統派ジュブナイルだと思います。正統派なだけに正直説教臭いところもあって、そこが現在のライトノベルにとって変わられちゃった所以かな、と思わなくもないですが、でもオススメです。