森博嗣『イナイ×イナイ』講談社

イナイ×イナイ (講談社ノベルス)

イナイ×イナイ (講談社ノベルス)

「私の兄を捜していただきたいのです」
美術品鑑定を生業とする椙田事務所を訪れた黒衣の美人・佐竹千鶴はこう切り出した。都心の一等地に佇立する広大な佐竹屋敷、美しき双子、数十年来、地下牢に閉じ込められているという行方不明の兄・鎮夫。そして自ら《探偵》を名乗る男が登場する。旧家で渦巻く凄惨な事件の香り……。

 一読して、これまでの森シリーズに慣れ親しんでいた人は物足りなさを感じるかもしれない。
 旧家、地下牢、下男と横溝チックな雰囲気の中で進められる物語には、今までの森博嗣作品に必ず登場してきた「理系キャラ」が存在しない。事件から解決までスムーズに進み、よくある「なんだこれは」という解決や放り出された伏線もなく、一個の物語として完結している。
 これを森博嗣以外が書いたのであれば「よくあるミステリ」で済むが、この作品を「森博嗣」が書いたことに意義があると思う。これまでの自身の作風から180度雰囲気を変えたこの作品、ある意味意欲的な「実験作」であるかもしれない。例えるなら、こってりした豚骨ラーメンしか作ってなかったお店で「すうどん」を出された感じ。
 読み手が森博嗣の作品に何を求めているか再確認できる作品だと思うし、森作品がとっつきにくかった人に入門書として薦めるのには最適な作品であろう。
 とはいうものの過去の作品とのクロスオーバーもあり、森シリーズ既読者ならより楽しめる作品であることは確か。
 このシリーズが今後どういう方向性を進むのか、次巻が楽しみな一作である。
 ちなみに、サブタイトルの「Peekaboo」は「いないいないばあ」という意味。次巻は『キラレ×キラレ』。サブタイトルが何になるかも楽しみである。
(以下、既読者向けにクロスオーバーについて解説)
 作中の椙田泰男という人物は『ηなのに夢のよう』でも登場。探偵役の真鍋瞬市もしかり。椙田はVシリーズおよびMシリーズ(四季)で登場した保呂草だということはこれまでのシリーズを読んだ人ならすぐわかる。
 「外国に行っていた」というくだりは各務を探してのことだと思われる。
 最後で西之園を見かけて「椙田から改名する」というやりとりがあるが、これは『四季 秋』で犀川の妹、儀堂世津子に椙田として保呂草が接触しているからで(『四季 秋』p50以降)、椙田という苗字から自身が保呂草であるのがバれるのを警戒したため。
 西之園は東京(と思われる)のW大に助手として招かれており、赴任して一ヶ月(『イナイ×イナイ』p291)ということから、『ηなのに夢のよう』から数ヵ月後のことと思われる。(叙述トリックでなければ)
 したがって時系列的にGシリーズの直後だとは思うが、今後西之園が直接物語に絡んでくるかどうかは不明。むしろ今回はスペシャルゲストのようなもので、次巻以降は出てこない気もする。
【補足】
コメント欄のちさともさんへの回答です。
以下引用。

保呂草さんと西之園萌絵ちゃんはGシリーズの『捩れ屋敷の利鈍』であってるから顔見知りですよ。それでばれると主他のではないでしょうか?

上記に対し、フジモリは以下の通り推測しています。
保呂草と萌絵は『捩れ屋敷の利鈍』で初遭遇し、萌絵は保呂草を泥棒と認識。その後『四季 秋』内でモンドビィにて再遭遇しています。その際、犀川の仲立ちで一時停戦をしており、萌絵自身は保呂草を追っていません。
ここで疑問が2点。
Q1 何故、萌絵の姿を見て隠れたのか?
Q2 何故、椙田の名前を隠そうとしたのか?
です。Q1ですが、考えられるのは2つの理由。
A1−1 「椙田」が偽名であることが小川にバレるから。
A1−2 保呂草は未だに警察に追われているから。(美術品泥棒の時効は過ぎていない)
このため、「日本で」萌絵に会うのは非常に危険です。そのために隠れたのでしょう。
では、なぜ「椙田」の名前を隠そうとしたのか。これは、
A2
一度儀堂世津子に「椙田」として接触している。
          ↓
儀堂世津子と萌絵はメル友なので、世津子が「椙田」のことを萌絵に話した可能性が高い。
          ↓
これまで萌絵の行動範囲は名古屋だったが、萌絵は東京へ異動した。
          ↓
東京に事務所がある「椙田」の苗字から、萌絵が保呂草に行き着く可能性が高い。
以上の理由から、「椙田」を事務所名から消そうとしたのではないかと思います。
もちろんこれはフジモリの推測であるので、不備異論ありましたらご指摘お願いします(ぺこり)。