美味しんぼの山岡士郎はなぜ『山岡』なの?

美味しんぼ (47) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (47) (ビッグコミックス)

 アホヲタ法学部生の日常さんをリスペクトして法律ネタを書いてみようのコーナー(もちろん文責は私にあります)第2回です(第1回はこちら)。
 まあ、有名な問題ですしいろんなところで語られているものですので、まとめみたいなものと考えてもらえれば良いかと思います。
(以下、長々と。)
 まずはこちらのQ&Aをお読み下さい。
美味しんぼの山岡は何故「山岡姓」を名乗れるのでしょうか -最近、まん- その他(法律) | 教えて!goo
 『美味しんぼ』で海原雄山山岡士郎の名字が違うのはおかしい、というのは一般に広く知られている疑問でしょう。私はこの問題について、本当は海原という名字だけど通称として山岡を名乗っている(以下、通称説)とずっと解釈していて、恥ずかしながらそれ以上深く考えることはしてきませんでした。ところが、リンク先のQ&Aによりますと、何と婚姻届に山岡と記載してるというのです。まさかと思って確認してみました。
 ……ホントだ。(47巻p164の7コマ目より)
 婚姻届という法的書類に山岡と記載している以上、これを単なる通称として説明することはできません。通称説はその根拠を失ってしまいました。そこで、新たな理論構成を考える必要に迫られることになりました。可能性としては以下のものが考えられると思います。

長所 短所
氏の変更届説 現行法で考えられる最も自然な手続き 実現性ゼロ
偽装養子縁組説 実現性がなくはない 法的問題あり
偽装婚姻説 実現性がなくはない 山岡の結婚観にそぐわない。法的問題もあり
海原夫妻内縁説 かなり有力 ない(?)
海原雄山通称説 かなり有力 作中での名字が違う理由の説明と少し齟齬
公文書偽造
公正証書原本不実記載罪説
最有力。作中の言動を全肯定可能 犯罪行為

 氏の変更届は戸籍法第107条によって定められています。これによって氏が変更できれば話は簡単です。しかし、「やむをないこと」という要件が定められていまして、単に親子の間に確執があるという理由だけで認められるとは到底考えられません(参考:氏(苗字)の変更)。
 次に考えられるのが民法上の氏の変更です。これには養子縁組によるものと婚姻によるものとの2種類があります。
 養子縁組の場合、養親を探さなければならないのがまず問題です。これが相当厄介だと思いますが、どうにかこうにかして山岡という氏の人間に養親になってもらえれば、一応氏を変更することはできます(民法第810条)。もっとも、この説によると結婚披露宴という晴れの舞台に養親が出てこないというのは不自然なので、おそらく離縁しているものと考えられます。離縁すれば原則として氏は元に戻ることになりますが、期間内に手続きをすれば養親の氏をそのまま名乗り続けることができます(民法第816条)。ただし、養子縁組には真に養親関係を結ぶ意思が必要で、これが認められない氏の変更のみを目的とした偽装養子縁組のようなものは本来的には無効です。事情が公けのものになったら大問題でしょう。なお、養子縁組にはもうひとつ特別養子縁組というのがありますが、この場合には養子が原則6歳まででなければならなくて、その年齢まではさすがに親子の仲も円満だったと思われるので今回は考えませんでした。
 婚姻による氏の変更は、養子縁組の場合と基本的には同じです。山岡という氏の女性を探してどうにかこうにかして結婚してもらえば、その女性の氏を名乗ることができます(民法第750条)。ただ、作中では山岡は独身なので、この説によれは離婚したということになります(つまりバツイチ)。離婚すると氏は元に戻ることになりますが、やはり期間内に手続きをすればそのままの氏を名乗り続けることができます(民法第767条)。ただし、婚姻の場合もやはり真に婚姻をする意思が必要で、単に氏を変更することのみを目的とした偽装結婚は無効です。それに、栗田ゆう子と結婚する前の山岡の結婚観を考えると、氏を変更するための一時の方便とはいえこのような偽装結婚をするとは考えにくいです。
 では、山岡という氏が本来の正しい氏だと考えてみてはどうでしょうか? これには、海原夫妻内縁説と海原雄山通称説の2通りが考えられると思います。
 まず内縁説ですが、海原雄山とその妻(=山岡士郎の母)は法的な婚姻関係になかった、つまり内縁関係だったとすればどうでしょう。こうすれば、海原雄山山岡士郎の間には父子関係はないので、その子供は当然母親の氏を名乗ることになるわけです。内縁関係だからと言ってそこに愛がないとは言えないので十分考えられる説だと思います。しかし、違和感がありまくりなことは否めません(笑)。ちなみに、もしかしたら海原雄山山岡士郎は血の繋がった親子ではないのかもしれないとも考えましたが、47巻p122の1コマ目の水村医師の証言によって放棄しました。
 海原雄山通称説というのは、本来、海原雄山の本名は山岡某であるけれど、通称として海原雄山を名乗っているという考え方です。私は従来山岡士郎が通称だと考えてきたので、その反対に海原雄山を通称と考えるこの説にはハッとさせられました。言わば新通称説とでもいうべきものです。確かに海原雄山という名前はいかにもペンネームっぽいので、これもまた十分考えられる説だと思います。ただ、この説を前提とするなら、両者の氏が違うことを説明するときに、海原雄山は本名ではない、の一言で済むはずのところをそうしていないというのが多少不自然ではあります。また、墓石に本名でない名前を刻むのかという疑問もなくはない(47巻p56参照)ですが、そういうこともあるでしょうし、大きな破綻はないと思います。
 最後に、個人的にもっとも有力だと思うのが公文書偽造公正証書原本不実記載罪説です。すなわち、本名は海原士郎だけど、そんなの無視して山岡士郎と記載するという考え方です。婚姻届にこのような虚偽の記載をすることはもちろん違法な犯罪行為です(刑法第155条:公文書偽造刑法第157条:公正証書原本不実記載罪)。ただし、それが気付かれることなく受理されてしまえば、後はその名前で通常どおり生活できるものと考えられます。そんなのばれるに決まってると思われるかもしれません。しかし、戸籍については「出生」を「死亡」と誤記とか「男性」を「長女」と20年間誤記といった信じられないような事例が実際にありますので、あり得ないとは言えないと思います。この説によれば、47巻の第3話は本来感動の場面であるはずが実際は公文書偽造罪が既遂になったシーンだということになります公正証書原本不実記載罪が行われているシーンだということになります(笑)。
 一応お断りしておきますが、ここに書いたのは単なるネタです。ファンの方につきましては広い心で笑って許して下されば幸いです。
 以上ですが、皆さんはどの説が一番有力だと思われますか? 上記の各説に対しての疑問や異論、他にもこんな考え方があるよ、と言ったご意見等ございましたら遠慮なく教えていただければとても嬉しいです。ちなみに、山岡が海原雄山との関係を少しでも遠いものにしたいと考えるのであれば、せっかく結婚したのですから栗田姓にしちゃえば良かったのにと個人的には思いますけどね(笑)。
【2007.05.08追記】アホヲタ法学部生の日常さんに美味しんぼと家族法〜山岡が「法律的」に「山岡」と名乗る方法というエントリで補足していただきました。その際、罪名についての誤りを指摘していただきましたので、間違ってた点について横線を入れた上で訂正致しました(ご指摘感謝です)。で、このエントリはすごいですよ。長年論じられてきたこの問題に完全な答えが出されています。ぜひぜひご覧になってみて下さい。