オッパイ将棋は賭博罪に該当する?
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/03/19
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刑法第185条 賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。
『ハチワンダイバー』は、賭け将棋を生業とする、通称”真剣師”が多数登場する物語です。真剣師は将棋が強いですが、いくら強くても闇の住人でしかなく、日の目を見ることはありません。なぜならば真剣師たちのやっている賭け将棋は、賭博罪という犯罪に該当するからです。
日本の刑法では、単純(=常習じゃない)賭博罪が犯罪として定められてます(ドイツなどでは、単純賭博罪は犯罪じゃありません)。その保護法益は、労働による財産の取得という国民の健全な経済活動の美風の侵害の保護にある、とされています。
本罪の実行行為は賭博をすること、すなわち、勝敗が偶然の事情にかかる場合に金銭その他の財産を賭けて勝敗を争うこと、です。当事者の能力が勝敗の結果に影響を及ぼす場合でも、偶然性に依拠する部分が残されていればなお本罪を構成するとされています。で、賭け将棋については判例(大判昭12・9・21)があります。将棋の勝敗は理詰めの結果のようにも思えますが、ギリギリのところでは”指運”などという言葉で説明されることもありますから、この判断はうなずかざるを得ないところです。
同じようでもプロ棋士の将棋が賭博罪に当たらないと解されているのは、日本将棋連盟が社団法人として国から認められていて(参考:日本将棋連盟定款)、それに所属する棋士(会員)の対局は参加料がほとんどゼロだし、労働・生計の手段となっているからでもあり勤労の美風を侵害するものではないからだ、ということなのでしょうね(この点について説明している文献が見当たらなかったので、あくまで私見ですが)。実を言うと、賞金と賭博罪とは相当デリケートな関係にあります(参考:九日亭さんのApr 14, 2005、『一方的な利益』判例(オンライン・ポーカーと法律)〔特に、大審大6・4・30〕)。この点、私自身も分からないことが多くて、もう少し調べてみたいと思っています。何かお教えいただけたらとてもありがたいです。
話を本題に移します。『ハチワンダイバー』2巻では、3つの賭け将棋が行われています。その中の1つ、菅田対メイドさんの将棋は、互いに10万円という金銭を賭けての勝負なので、当然に賭博罪が成立します。しかも二人とも明らかに常習性が認められます(1巻参照)ので、常習賭博罪(第186条1項)で処罰されることになるでしょう。ちなみに、賭博罪において賭けられる財物が金銭の場合には、金額の多い少ないにかかわらず本罪が成立するとするのが判例(最判昭23・10・7)です。これに対して学説は、小額の場合には犯罪に当たるとすべきではない(講学的にいうと、構成要件該当性を否定すべき)と主張するものがほとんどですが、具体的にいくらなら犯罪に当たらないのか明確な基準の定立が困難なので、なかなか難しいところです。
【2009.12.15追記】こちらのページで非常に詳しく解説されているのを見つけたのでご参考まで。→http://www9.plala.or.jp/nakanoryuzo/syuukan/52.html
で、問題は2つ目の将棋です。勝った方がそよちゃんのオッパイを揉む、という馬鹿な勝負(笑)ですが、これは賭博罪に当たるでしょうか? 私なりにいろいろ調べてみましたが、残念ながら”揉むや揉まざるや”を賭けた事件についての判例は確認できませんでした(そりゃそーだ)。そこで、あくまで私なりの結論なのですが、賭博罪には当たらないでしょう。なぜなら、賭博罪は、財物を賭ける行為を罰するものであり、オッパイを揉む揉まないといった行為は財物ではありません。もしこれが財物に当たって賭博罪に当たるとすると、例えば甲子園でのピッチャーと4番の対決で、俺が勝ったらあいつに告白する、てなことを賭けても賭博罪に当たることになっちゃいますので、賭博罪には当たらないと考えるべきでしょう。もっとも、その後でそよちゃんの承諾なしに菅田がオッパイを揉んでたら当然ながら強制わいせつ罪(第176条)ですし、二こ神はその共犯・教唆犯ということになっていたでしょうけどね(笑)。ここで、「いや菅田は”100万円<オッパイ”と判断したんだから、オッパイには100万以上の価値があるはずだ」という反論があるかもしれません。しかし、ここでの財物性はあくまで客観的に判断されるべきものです。二人の漢(おとこ)にとっては価値があったかもしれませんが、客観的に見れば財物性などありはしませんからね。
以上のことからすれば、3つ目の菅田対文字山の将棋についても、賭博罪が成立しないという結論は自明のことでしょう。むしろ、上述した賭博罪の保護法益からすれば、負けたらアシスタントになってゆくゆくは立派な漫画家を目指すという菅田が負けた場合の条件は、まさに勤労の美風にかなうものですし、天国の刑法の立法者から応援してもらえることでしょう(笑)。
また、文字山が負けた場合の、主人公を「なるぞうくん」から「ハチワンくん」に変更する権利は、作者である文字山以外には無意味なものなので、これは財物性がないといってよいでしょう。
なお本稿は、アホヲタ法学部生の日常さんをフォーマットとしてリスペクトしながら書きました。また、法律書としましては『刑法各論講義[第四版]』(前田雅英/東京大学出版会)を主に参考としました。もちろん、本稿の文責は私にありますので、異論や疑問等ありましたら、コメント欄等で遠慮なくご指摘下されば幸いです。ばしばし修正しますので(笑)。
(2007.3.29追記)
アホヲタ法学部生の日常さんに、このオッパイ将棋について、オッパイ将棋と賭博罪〜ハチワンダイバーの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常にて補足いただきました。私が”価値なし”と断じてしまったオッパイの客観的な価値について実に詳細な検討がなされています。さらに、賭博罪には該当しない、という結論は同じですが、その結論を導き出すための理論付けは私のよりもずっと説得力があります。定義の捉え方から考え直す思考経路には感服しました。ここをご覧の方はぜひリンク先をご覧になって下さい。
(2010.11.14追記)
よく考えてみれば、そもそも両対局者とも結局何も出さないまま「勝った方がおっぱいを揉む」といってるだけなのですから、負けても自らは何も失うことはなく、つまりそもそも何も賭けていないのだから賭博罪に当たるわけがないという気が(汗)。まあどっちにしても「賭博罪には当たらない」という結論は変わらないのですが、だとしたらできるだけシンプルな理屈のほうがいいですよね。
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