「7手で終わってる」ってどういう意味?
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/06/19
- メディア: コミック
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『ハチワンダイバー』について、うちでは基本的にコミックスの発売を基準にしていろいろと解説しています。しかし、『ハチワン 三間飛車』などというニッチなキーワード検索でお越し下さった方を手ぶらでお返ししてしまったことはとても心苦しく思っておりまして、遅まきながら早石田流三間飛車についての私なりの理解をちょこっと示したいと思います。今回取り上げるのは、週刊ヤングジャンプNO.15、16の斬野対菅田の7手目▲7四歩の局面です。
あの将棋は7手で終わっているのか? 勢い重視のマンガの発言にむきになってもしょうがないのは分かってますし(笑)、だいたい著者の柴田ヨクサルは私より将棋強いですし。でも、やっぱり気にはなるじゃないですか。ということで私なりの結論ですが、6割終わってるけど4割は終わってない、というのが個人的なボンヤリとしたイメージです。
(以下、長々と。)
三間飛車というのは、先手だと左から三列目、後手だと右から三列目に飛車と移動させる指し方です。で、7五(後手だと3五)の歩を突いて序盤から仕掛ける指し方を特に早石田と呼びます。
▲7四歩と斬野がいきなり仕掛けた局面ですが、これが新・石田流と呼ばれる指し方で、『ハチワン』の将棋監修である鈴木大介八段(写真。菅田の師匠に似てると思いませんか?・笑)考案の手です。鈴木八段はこの手で第32回升田幸三賞を受賞しました。7四歩の仕掛けの発想自体は昔からありました。しかし、以前は無理筋とされ、▲7四歩と仕掛ける前に▲4八玉と角交換後の後手の角打ちに備える手が定跡とされてきました。
しかし、鈴木八段が▲7四歩の仕掛け以降の手順を綿密に検討した結果、無理筋どころか極めて有効な手段であることが再発見されて、価値ある新手として升田幸三賞が与えられたわけです。そこで、従来の▲4八玉と上がる早石田との区別で、いきなり▲7四歩と仕掛ける早石田を新・早石田、あるいは鈴木式石田流などと呼んだりします。
新・早石田については鈴木八段の研究書が発表されているとはいえ、まだまだ未知の変化が多くて、私のようなへボアマがどうこう言えるものではありません。しかし、一応▲7四歩以後の指し手として、△7四同歩▲同飛△8八角成▲同銀△6五角▲5六角が基本手順とされているみたいです。ここで△7四角と△5六同角が考えられます。(1)△7四角は▲同角△5二玉▲5五角、△5二玉のところを△6二金でも▲5五角△7三金▲同角成△同桂▲6三角成で後手自信なし(『将棋世界2006年8月号』p51〜52の佐藤棋聖の見解)。そこで、(2)△5六同角が普通の手とされています。▲5六同歩の後、後手は△2二銀か△7三歩辺りが候補手として考えられるところですが、他にも何かあるかもしれません。そうだとしてもその後の手も広いので、私にはなんとも言えないところですが、鈴木八段からすれば自信のある展開のようです。ですから、「7手で終わってる」という菅田の師匠の発言にも理由がないわけじゃありません。実際、第77期棋聖戦五番勝負・佐藤棋聖に鈴木八段が挑戦者として挑んだときに、鈴木八段は先手の二番をこの新・石田流を採用しまして、佐藤棋聖相手に満足のいく序・中盤戦を迎えることに成功しました。これによって新・石田流の優秀性はさらに広く認識されるようになったと思います。ただし、その二局とも、第一局は作戦勝ちが望める展開を幾度も逃し、第三局に至っては優勢・人によっては勝勢と評価するであろう局面からの大逆転を許し、何といずれも敗北という結果になってしまいました。戦法自体が優秀だとしても、そのことが確実な勝利を約束するものではないわけです。
そんなに新・石田流が優秀ならみんなやればいいじゃないか? と思われるかもしれませんが、世の中そんなに甘くはありません。菅田は浮ついた気持ちで6手目に△8五歩と飛車先の歩を伸ばしてしまいました。これ自体は別にない手ではありません。ただし、現在の主流は△8五歩の前に△6二銀として先手からの強襲に備える手が大勢を占めてます。
こうなるとむしろ後手が互角以上にやれる印象を私自身は持ってます。急戦に備えられると、今度は先手は早くない石田流、すなわち石田流の本組みを目指すことになります。ちなみに、石田流とは、江戸時代の盲目の棋士・石田検校が愛用したことからそのように呼ばれています。石田流本組みというと、桂頭に飛車がいる攻撃の布陣が特徴的です。
囲いの方は美濃囲いが一般的ですが必ずしもそうとは限らず、穴熊だったり他の囲いだったりもします。駒の連携・活用のしやすさから理想形とされていますが、飛車の動きが不自由というデメリットもあるので、飛車を相手に押さえ込まれないように上手く使うことに気をつけないといけません。この石田流本組みに対して、後手は角道を通したままの左美濃、あるいは穴熊で対抗することになります。石田流の特徴である序盤の▲7五歩によって後手の8一の桂馬の活用が難しくなっていますが、飛車の可動性は後手の方が上なので、盤面左の制圧を許す代わりに飛車を移動させての中央からの押さえ込みが後手の基本戦略となります。第19期竜王戦決勝トーナメントの鈴木八段×松尾六段戦が新・石田流対策としてとても参考になると思います。
ですので、▲7四歩の局面は、後手がその前に変化しちゃうのでプロの対局で最近はあまり見かけません。水面下では研究が行われているのだとは思いますが、後手とすれば△6二銀でまずまずならそんな危ない変化に飛び込む必要もないわけで、したがって、▲7四歩でホントに終わってるのかどうかは現時点では断言できません。でも、現実に▲7四歩の局面があまり出てこないのならば、やっぱり先手がやれるんじゃないか、とは思っちゃいますね。▲7四歩の局面の危険度と、その前に△6二銀とした場合の危険度とを比較すると、相対的に”終わってる”と表現するのは、単にマンガ的という以上のちゃんとした意味があると言って良いと私は思います。菅田の指した6手目△8五歩がない手というわけでは決してありません。しかし、現状では何の準備も覚悟もなしに指せる手ではないと思いますし、そうした手をふらふらと指してしまった時点で、菅田にとってこの対局は”終わった”ということは言えるでしょう。
以上ですが、たった7手の局面を説明するだけなのにこんな長文になってしまいました(汗)。これだけ書いても基本すら押さえられてるかどうか怪しいところです。まだまだ分からないところもいっぱいありますし。興味のある方は『石田流の極意―先手番の最強戦法』などで独自に研究されることを強くオススメします。また、文中に何か誤り等がございましたら遠慮なくご指摘下されば嬉しいです。もちろん、異なる見解の方もいらっしゃるかもしれませんし、そうしたご意見もお聞かせ願えればありがたいです。
- 作者: 鈴木大介
- 出版社/メーカー: 毎日コミュニケーションズ
- 発売日: 2006/10/01
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