『超初心者 将棋上達の方程式』(日本将棋連盟/日本将棋連盟)

超初心者 将棋上達の方程式

超初心者 将棋上達の方程式

 今までありそうでなかった、日本将棋連盟から刊行された初心者向けの将棋の本です。
 従来の初心者向けの将棋の本は、多くの場合は子供を対称にしたものでしたので、コミカルな漫画のキャラクターが登場したり、あるいは子供が読みやすいような文体で語られたりと、様々な工夫がされています。しかし、そうした工夫は大人が読む場合には逆に読み難さにもつながるおそれがあります。その点、本書は初心者向けではあっても子供向けではありません(もっとも、平易な言葉使いで語られていますし、専門用語にはルビも振られていますから、子供が本書を読んでも理解できなということはないと思われます)。
 駒の動き方や基本的なルールといった、本当に初心者向けの内容が丁寧に説明されています。駒の動かし方と併せて駒の活用法も説明されていますから、単なるルールの説明書で終わっていないところに、タイトルの通り上達の方程式として役立ってもらおうという意図を感じ取ることができます。
 本書のもっとも大きな特徴は、1手詰めが96問も収録されているという点です。これは他の初心者向けの本と比べるとかなり目立ちます。王様を詰める、というのは将棋において勝敗そのものですから、この点についての理解が曖昧なままだと勝負の面白さを理解するのも難しいでしょう。逆に言えば、ここさえ理解できればとりあえず勝負自体は楽しめるわけですから、1手詰めの充実は好手だと思います。
 また、本書の巻末で、将棋の上達法として棋譜並べが挙げられていますが、それを実践してもらうために棋譜表記・補助表記(「右」「左」「直」「上」「引」「寄」)といった用語がきちんと説明されているのが、いかにも連盟出版の公式本らしい点だと思います。確かに、棋譜並べは上達法として有力なことは間違いありません。また、最近は将棋のネット中継も盛んに行なわれていますが、そうした中継は盤面が表示されるとともに棋譜表記も表示されます。棋譜表記が理解できてるとネット中継もより一層楽しめるでしょうから、そうした意味でも重要だと思います。対局後に感想戦をするときにも棋譜表記を知っていた方が話が断然早いですしね。
 ただし、基本的なルール説明とかはさすがに公式本だけあって手堅い出来だと思う一方で、じゃあ本書を片手に将棋を指してみようとなると、ちょっと難しいようにも思います。というのも、ハンデなしの平手戦における駒の進め方というのが一切説明されていないからです。変な話、最低限のルールさえ覚えたら、あとは適当でいいから指しさえすれば何となく覚えて何となく強くなっていきますから、載ってなくてもいいと言えばその通りかもしれません。しかし、それでも代表的な攻め方くらいは説明しておいてくれたらなお良かったようにも思います。ちなみに私のオススメは、棒銀鬼殺しと原始中飛車です。
 棒銀は飛車と銀の使い方、鬼殺しは角と桂馬の使い方、原始中飛車は戦力の一点集中をそれぞれ勉強することができます。攻めと受けは表裏の関係ですから、攻めの勉強をすれば自然と受け方も身につくことでしょう。で、初心者同士ならこうした単純な攻めで快勝できるでしょう。しかし、ちょっと相手の腕が上がるとそう上手くはいかなくなります。そこで、矢倉や美濃囲いといった王様の囲い方を勉強して、攻めと受けのバランスを身につけていく、というのが私的にオススメの技術習得法です。
 ま、こうした具体的な攻め方や守り方については、各棋士がさまざまな本を出版していますから、それらを参考にして欲しいということなのでしょう(笑)。ただ、棋士の書いている定跡書は一般に難易度がかなり高めです。とは言え、なかには初心者から中級者を対象にしたものもあります。最近の棋書の充実振りには目を見張るものがあって逆に選ぶのが大変な気もします(笑)。ちなみに私は桐山清澄九段・著『実戦将棋の基本戦法―正しい駒の組み方と仕掛け』(永岡出版)という本で基本を浅く広く勉強させてもらいました。この本は基本的な駒組みと戦法の特徴を分かり易く教えてくれている思い出深い良書です。現在は入手困難な本なのですが、その代わりとなる本がきっと出版されているはずです。それに今はネットとかで基本的な戦法については調べることもできますしね。そういう意味では、確かに高速道路が敷かれた時代なのだと思います。「将棋倶楽部24」を始めとするネット道場を利用することで実力に見合った対戦相手も簡単に見つけることができます。初心者が将棋を始めるにはとてもよい時代になったと思います。インターネットと将棋の相性は抜群ですから、ネット生活をより充実させるためにも将棋を始めてみるのはいかがでしょうか?(笑)
実戦将棋の基本戦法 (将棋入門シリーズ 14)

実戦将棋の基本戦法 (将棋入門シリーズ 14)

『頭脳勝負―将棋の世界』(渡辺明/ちくま新書)

頭脳勝負―将棋の世界 (ちくま新書)

頭脳勝負―将棋の世界 (ちくま新書)

 プロの将棋はファンに観てもらってはじめて価値を持ちます。その点は他のプロスポーツ・競技と全く同じです。
 しかし、一般的なイメージとして、将棋は楽しむのも何か難しそうに思われているのではないでしょうか。でも、そんなことはありません。将棋を指すのは弱くとも、「観て楽しむ」ことは十分できます。
 例えばプロ野球を見る時。「今のは振っちゃダメなんだよー」とか「それくらい捕れよ!」。サッカーを見る時。「そこじゃないよ! 今、右サイドが空いていたじゃんか!」「それくらいしっかり決めろよ!」自分ではできないのはわかっていてもこのようなことを言いながら見ますよね。それと同じことを将棋でもやってもらいたいのです。
「それくらい捕れよ!」と言いはしますが、実際に自分がやれと言われたら絶対にできません。「しっかり決めろよ!」も同じで自分では決められません。将棋もそんなふうに無責任に楽しんでほしい。
(本書p98より)

 本書は、将棋というゲームの面白さを少しでも多くの方に知ってもらうために書かれいています。その面白さとは、「指す」と「観る」です。従来の棋書は一般に「指す」面白さを追求してきたと思います。ところが、最近は片上大輔五段のプロの思考を言語化したいという試みや、あるいは勝又清和六段の『最新戦法の話』のような鑑賞の手引き書を目指して書かれた本が発表されたりと、「指す」だけでなく「観る」楽しさを知ってもらうために書かれた本が出版されるようになってきています。
 その原因のひとつには、やはりインターネットの発達と呼応する形で将棋界が行なってきた将棋のネット中継の充実があるでしょう。せっかく中継しているのですから一人でも多くの方に観てもらいたいですし、そのためには観戦する際の見どころが分かっていた方が、観る側としても甲斐があるというものです。そういうわけで、本書は「指す」面白さはもちろんのこと「観る」面白さについても説明されています。私のようなヘボアマがこんなこと言ってもあまり説得力がないかもしれませんが、それでも、本書で説明されているような勘所は「うんうん」と頷けるものばかりです。
 本書は四章構成になっています。
 〈第一章 頭脳だけでは勝てない〉では、現場での思考以外での将棋における勝負の要素が語られています。すなわち、メリハリといった心の張りのリズム、気合いと冷静といった感情、封じ手の際の駆け引き、直感と調子の良し悪し、普段のトレーニング方法、といった具合です。タイトルの通り将棋は「頭脳勝負」ではあるのですが、勝負事である以上、それ以外の要素もとても大事です。そうした要素もすべて含めて「将棋」なのです。
 〈第二章 プロとは何か〉では、現在の将棋棋士の存在・プロ制度というものが、渡辺竜王自身や実体験との比較も交えつつかなり率直に語られます。渡辺明は若くして竜王というトップの地位に立ちましたから、若手の中で一番様々な経験を積んでいる棋士です。本章ではプロ制度についてなどの一般的な知識についてはもちろんのこと、渡辺竜王でなければ語れない、例えば対コンピュータ戦(この辺りの事情は『ボナンザVS勝負脳』により詳しく書かれています)といった現代のプロ棋士が相対しなければならない問題についても簡明に書かれています。

 順位戦制度そのものをいじるのは難しくても、ラスト三戦はスイス式(同じ成績同士が対戦する)にするとか、最新数年の実績からA、B、CとわけてA三人、B三人、C四人と均等に対戦するようにする、などちょっとした工夫は考えられます。
(本書p66より)

 といった順位戦についての提言は、観ている側としても頷けるものです(ホントは現在の順位戦偏重のシステムそのものも何とかすべきだと思いますが、代案を出すのが難しいのが現状です)。
 〈第三章 将棋というゲーム〉では、序盤、中盤、終盤という三つの段階に分けての指し方・考え方が述べられています。序盤では作戦を練ります。攻撃態勢と守備の陣形を、相手の出方を見つつバランスよく指していきます。戦いが始まればいよいよ中盤戦です。そこでは、駒得や駒の効率といった実利を得ることを指針としながら指し進めていきます。そうしたいよいよ玉将が見えてきたら終盤です。ここでは何よりも速度重視で、とにかく相手の玉を少しでも早く捕まえることが何よりも優先されます。将棋は玉将を取れば勝ちで取られたら負けです。仮に中盤戦でどれだけの有利を築いていようとも、終盤で抜かれてしまっては何の意味もありません。また、将棋というのはそうした終盤での逆転劇が起きやすいゲームでもあります。だからこそ、指してる側は最後まで必死になって読まなければなりませんし、観ている側としても最後の最後まで目を離すことができないのです。
 また、こうした将棋を指す上で、プロ棋士がどのような研究をしているのかという点についても説明されます。研究の方法は、一人で行なうか、それとも複数による研究会の形式で行なうかのふたつに分かれます。一人の研究は単眼視点なので正確な判断がしにくいですが情報は独り占めできます。対して、研究会であればより正確な情報を手に入れることができますが、その情報は共有されるため実戦において必ずしも活用できるとは限りません。将棋において研究と勝負は実に微妙な関係にあるのです。
 〈第四章 激闘!〉では、渡辺竜王自身の対局の経験をもとに、実戦での心理状態が語られます。竜王戦第三局での終盤での劇的な詰み筋について語られている箇所は、実に臨場感があります。対して、棋聖戦第三局での序盤での誤算についての時間の使い方についての悔恨はじわじわとこちらにも伝わってきます。いずれも、渡辺竜王だからこそ語り得る体験談です。棋譜だけでは知ることのできない実戦での駆け引きや心のぶれを読み取るのも、将棋の対局を観戦する際の妙味のひとつです。
 さらに巻末には、簡単なルール説明やプロの将棋の見方(ネット中継等の紹介)や将棋の指し方(インターネット将棋道場「将棋倶楽部24」等の紹介)、詰将棋についても触れられています。とにかく、少しでも多くの方の将棋に接してもらおうという配慮が存分に感じられる一冊です。本書が一冊あれば、初心者の方が将棋を観戦する場合にも格段に楽しめるようになることでしょうし、『ハチワンダイバー』のような将棋漫画もより深く楽しめるようになること請け合いです。オススメです。
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